【 14 】
12月 24日 22:48
黒の三菱ギャランが畑山のアパートから20メートルの位置に停まっていた。
出麹はその車の少し手前でタクシーを降りた。
冷え込みが一段と厳しくなっていた。
出麹は周囲に人がいないことを確認し、そのギャランの助手席に滑り込んだ。
「ご苦労さん、どうだ?」
「動きはありません。人の出入りもありませんね。私がここに着いたのが6時半、畑山は7時頃に帰ってきました。先程裏手に回って明かりが点いていることも確認しています」
益田は暗闇に溶け込んでいるアパートの一点を見つめながら報告した。
車の無線に一瞬通信音が入ったが、すぐに消えた。
「恐らく畑山はこの件には関与していないだろう・・・・・まあしばらくは張るがな」
「しかし出麹さんがあの団体の構成員に、2ヶ月も前から接触していたとは知りませんでした」
「・・・・・まあな」
出麹は益田がまだ何らかの言葉を待っていると感じたが、そのまま無視した。
「さすが、赴任されたばかりというのに・・・・・噂通りですね・・・・・」
「・・・・・何がだ?」
「・・・・・いえ・・・・・ションベンしてきていいですか?」
「ああ」
益田が周囲を見渡し、素早くドアを開いて外へ出て行った。
車内に冷気が吹き込む。
益田は畑山のアパートと反対方向にある、空き地へと向かった。
広くなった車内にザザザッと無線がしゃがれた音を吐き出した。
出麹は同じ年のこの部下をまだ測りかねていた。
四ヶ月前、28歳、新進気鋭のキャリアとして赴任してきた出麹に対して、周囲の人間は腫れ物に触るかのような接し方であった。
キャリア組は中央からの大切な「預かり者」であり、いずれは自分達の上に君臨する人間だ。
神経をすり減らす対象となる。
ましてや出麹はキャリア組の中でも「異質」という噂が、赴任前から立っていた。
新潟中央署の人間は事前にその評判を入手しており、「好奇」と「畏怖」の念で出麹を迎えた。
だがこの益田だけは、部署こそ違えどとあるきっかけから顔見知りとなり、それ以後は何かと出麹を畏れずに接触してきた。
-まあお高いところから地方警察を見学していてくださいよ-
むしろ、挑発的とも取れる姿勢。
そんな益田を意に介さず、現場に異常な程の執着で食い込んでくる出麹に、時折益田は喰いついた。
他の同僚を前にしての質問攻め、地域特有の見識を振りかざしての扱き下ろし。
出麹はそんな益田に構うことはしなかった・・・・・が、うまく活用するつもりであった。
よく言えば敬意・畏怖の現れ、悪くいえば排他的とも取れる他の同僚に比べて、益田は明らかに自分と接触してくる回数が多かったからだ。
益田は意図的ではないにせよ、出麹に多くの情報をもたらしてくれた。
退屈を嫌うこの男にとって、益田はいつしか歓迎すべき部下となっていた。
また一方で益田は有事にも沈着冷静に行動出来る資質を持っており、その才覚には出麹もイチモクを置いていた。
益田が唇を震わせながら、車内に戻ってきた。
「寒くなってきましたね。そろそろ、雪・・・・・降るかもしれません」
「捜査に障害が出るな・・・・・新潟はよく降るのか?」
「例年、冬は日本海から吹きつける強い風に吹雪が舞う毎日です。2階まで雪が積もることもありますよ。この時期でまだ一度も雪が降っていないなんて珍しいですよ。・・・・・・主任はどこで育ったのですか?」
犬を連れた老人がアパートの向こうから歩いてくるのが見えた。
街灯の光加減で、赤いニット帽が時折黒く変色する。
「俺が生を受けたのは大阪だ・・・・・それからは転居の連続だったがな」
「親父さんが転勤族とかですか?」
「いや、親父は俺が生まれるちょうど半年前に死んだ」
老人は二人が潜む車のすぐ横を通り過ぎた。
道路に面した運転席の益田は、無意識に顔を背けた。
「・・・・・生まれる前にですか・・・・・余計なことを聞いてしまいましたね」
「いや、かまわない」
益田が曇ったフロントガラスを手でぬぐった。
「事故か何かで?」
出麹はタバコを咥え、火を点けた。
「・・・・・・・・吹田事件だ・・・・・・・・」
益田は独特の切れ長の目を大きく見開いた。
「・・・・・ということは・・・・・」
「・・・・・そういうことだ。皮肉だろう・・・・・」
・・・・・・ホントウニ、ヒニクナモノダ・・・・・・