【 11 】
12月 24日 17:22
「そちらの方にも少しお話しましたが、昨夜の主人は本当にいつもの様子と変わりはありませんでした」
出麹は大きく頷いた。
「『今日は昼からの試合だから御飯を食べていく』と言って息子と楽しそうに野球の話をしていました。娘の絵画教室が終わるのが、17時頃ですので『野球が終わったらそのまま迎えに行くよ、ちょこっと汗臭いけどな』と娘の頭を撫でながら笑っていました」
裕美子は一つ一つの記憶を手繰り寄せていった。
「家を出る時、主人は私に向かって『今日は今年の最終戦だからな、かっ飛ばしてくるよ』と言い残して、子供のように家を出て行ったのです」
沢村の人懐こい笑顔が、思い浮かんだ。
「昨夜主人が帰ってこないので、草野球のメンバーの方にお電話したら、野球の試合は最後まで出場していた、とおっしゃっていました」
「ええ、それは私も一緒にプレーをしておりましたので、確実です」
裕美子は直立不動のまま、こくりと頷いて話を続けた。
「娘の絵画教室から家までは、私が自転車で送って行って5分程です。主人と娘は徒歩なので、20分ぐらいでしょうか・・・それなのに・・・18時を回っても帰ってこなかった。私も夕食の支度をしていたものですから、寄り道でもしているのだろう、とあまり気にしていませんでした・・・・・。でも、19時を過ぎても帰ってこない。それだけ帰りが遅くなるのなら、いつもの主人なら電話ぐらいしてくれるはずなのです」
出麹は視線で相槌をうった。
沢村は人に迷惑を掛けることを極端に嫌う男であった。
「それで・・・私は娘の絵画教室に電話をしました・・・・・でも誰も出なかった。私は突如としてすごく不安になり、息子の雄介に留守番を頼み、家を飛び出しました。辺りはもうとっぷりと日が暮れていたと思います」
「19時ならそうでしょうね」
益田が腕を組みながら、口を挟む。
「・・・ええ、私は暗がりに目をこらして、周囲を見渡しながら自転車で絵画教室に向かいました。竹下通りの角を曲がって、絵画教室が入っている雑居ビルが見えた時、私はホッとしたのです。教室の窓から明かりが漏れていましたから。ところが・・・・・近づいてよく見ると、明かりが点いていたのは、3階のそろばん塾からでした。娘の教室は4階です・・・・・私は驚いて、背筋がゾッとしました・・・・・」
裕美子の大きな瞳から、涙が溢れてきた。
益田がそっとハンカチを差し出す。
その間に出麹は、逆探知機がすでに電話に設置されていることを確認した。
裕美子は涙を拭いながら、気丈に話しを続けた。
「私は家まで必死に自転車をこぎました。でも玄関戸を開けるとまだ主人と娘の靴が無かった・・・・・。息子が不思議そうな顔をして出てきたので『お父さんと美穂、まだ帰ってないよね?』と聞くと、首を横に振るので急いでまた外に出ました」
「息子さんも一緒に?」
「いえ、私一人です」
「そういえば、息子さんは今どこに?」
「今日の朝方から私とずっと、主人と娘を探していましたので、今は疲れて上で眠っています」
「そうですか。いやすいません、話の腰を折りました。続けて下さい」
「それから私は暗がりを掻き分けるように、この辺り一帯を探し回りました。何度も主人と娘の名前を呼びました。近所を一回りしても見つからず、家に戻って草野球仲間の相原さんに電話をしました」
「ああ、相原さんか・・・」
相原修二は『潮風シャークス』の主務をしており、試合の日時等は彼が各メンバーに連絡を入れていた。
出麹の家にも試合の前日の土曜日には、相原から最終出欠確認の電話があった。
キャプテンの沢村と相原は昔ながらの付き合いであったという。
「相原さんは電話の向こうで大変心配して下さり、家まで駆けつけて下さいました。それから相原さんと二人で、もう一度近所を探した後、犬(ダンボ)を連れて海岸の方へ向かおうとしたのです。その時、100メートルぐらい先にお住まいの、日頃仲の良い主婦の方が家から出て来て、声を掛けて下さいました。多分、私と相原さんの主人を呼ぶ声が聞こえたのだと思います。事情を話すと、奥村さんは『主人と美穂ちゃん、見たわよ』とおっしゃったのです。『そこの酒屋の前を仲良く手をつないで、家の方向に歩いていたわよ』と・・・」
「その方のお名前は?」
出麹と益田は素早くメモを取り出した。
「奥村さんです」
「何時頃、とか時間の話はされていましたか?」
「17時前後だそうです」
「少し暗かったけれども、野球のユニフォームを着ていた、とおっしゃっていたので、主人に間違いはありません・・・・・私はそれを聞いた瞬間、膝がガクガクと震えてきました・・・」
「やはり・・・・・家出の可能性は極めて低い・・・・・」
裕美子は唇をわななかせながら、言葉を紡いだ。
「主人は最近・・・・・雄介と美穂のクリスマスプレゼントに頭を悩ませていました。『雄介には新しいグローブだな、美穂には何がいいかなあ?』と・・・・・もうそのプレゼントも買ってあります。家出をする人がそんな言動をしますか?!」
裕美子は一層瞳を潤ませ、語気を強めた。
鼻孔が膨らみ、再び涙が溢れ出てきた。
出麹は裕美子に無言で同意を示し、益田に指示を出した。
「益田、奥村という主婦を当たってくれ。話を聞いてから目撃地点に連れ出せ。慎重にな」
「分かりました」
「それと・・・・・」
出麹は益田に歩み寄り、耳打ちした。
「・・・・・念の為、畑山のアパートを張ってくれ」
・・・・・ナゼコンナニサマザマナオモイガ、アタマヲヨギルノカ・・・・・