【 4 】






・・・・間違いない・・・・

小田島は立ち尽くした・・・いたたまれず、まぶたを閉じた。

視界を絶ってもなお支配する残像。
唇から息が漏れる。
自分の呼吸音だけが耳に届いた。

どんどんと大きさを増す呼吸音が聴覚を支配していった。
突如として・・・・・奇妙なる世界が小田島のまぶたに広がった。

その時の景色を小田島は以下のように口述していた。



白い



白い砂漠に茶色く濁った波が打ち寄せていた



波は砂に吸収され、赤く地平に広がった



吸収され損ねた波しぶきは、黒い斑点に変わり、ゆらゆらと大きくなっていった



その一方で・・・・・まぶたの裏の、湾曲した縞模様がうねっていた。



そして私は・・・・・ぐるぐるとその闇に飲み込まれていった・・・・・




「長いナ・・・」
陳はカウンターを拭きながら、屋根裏の入り口に視線を向けた。
その刹那、激しい物音と震動が屋根裏から伝わった。

オイオイ・・・陳は急いでカウンターを回った。

陳が屋根裏へ駆けつけ電気を点けると、うつ伏せに倒れる小田島の姿があった。
右肩の斜め前に、眼鏡が転がっていた。
ぴくりとも動かない・・・・・が、目は開いていた。
「小田島・・・・・」
陳は一瞬動くことが出来ず、茫然とその瞳を見てしまった・・・・・まばたきをしていなかったからだ。


「・・・い」
「どうシタ小田島」
「・・・・ない」
小田島は何か言葉を発していた。
「どうシタ小田島」
陳は小田島の上半身に手を回し、抱き起こした。
がっくりと後ろに頭を垂れた小田島の目を見て陳はぎょっとした。


・・・・・左右の眼球がくるくると回っている・・・・・


陳は思わず小田島の体を手放し、立ち上がってしまった。
床に叩きつけられても、小田島は身動きひとつしない。
再び小田島の顔を覗き込む。
空調をつけていないこの画廊で、小田島は一滴の汗もかいていない。
陳がじっと見つめていると、小田島の焦点がぼんやりとだが、定まってきた。
「・・・・・陳さん」
「一体どうしたンヤ、小田島」
陳がもう一度小田島を抱きかかえてやる。
「・・・・・いや、大丈夫です・・・・・少し気分が悪くなってしまって」
「本当にそれだケカ?」
手を床に這わせている小田島に、陳は眼鏡を持たせてやった。
「・・・・・ええ、さすがにちょっと疲れているのかもしれない・・・・・お騒がせしました。もう帰りますね」

すっかり闇が降りた路地に小田島が溶けていった。

その姿が見えなくなるまで陳は見送った。
夜陰に虫の羽音が響く。
「・・・・・さて、今日はもう閉めるか」

小田島はゆっくりとハンター坂を下った。
港が見える。そのまたたきが神戸を感じさせてくれた。
倒れた時に打ちつけた膝に鈍痛が残る。
単車が坂を駆け下りていく。人通りはまばらだ。
昔こっちにいた頃は、この時間でももっと活気があったはずだ。
小田島はハンター坂と交差する小路地に目をやった。

誰もいない。
不景気・・・・・いや、依然として震災の打撃が影を落としているのだろうか・・・・・

小田島は中山手通りでタクシーを拾った。
シートに腰掛け、キャメルに火を点ける。
深く煙を吸い込み、目を閉じた。
・・・・・明日からは一日一日が勝負となる・・・・・
時間をかけて吐き出した煙に、画廊で見た絵を投影させた。



・・・・・ヤハリ・・・・・ユルシテハモラエナイヨウダ・・・・・