【 2 】
陳宏偉は浅黒い右手をぬっと突き出した。
「そうですね・・・・・絵を持ってきて以来ですか」
小田島は両手で陳の右手を握った。
「ソウだったな・・・・・」
黒光りした顔面の目尻に、鷹の爪のような皺を走らせ、陳は頷いた。
「マァ座れや、ハバナにトニックでいいノか?」
カウンターに真紅のコースターが置かれた。
当然のように記憶していた酒の好み・・・・・小田島は口角を吊り上げ、年季の入った籐椅子に腰を下ろした。
「お願いします」
まばらな濃淡模様の浅黒いごつごつとした手が、静かに無駄なく流れる。
ボトルの蓋が陳の指の腹に弾かれ、シュルシュルと鋭く回転した。
グラスに透明の液体とトニックが注がれる。
陳がステアをし始めると、小田島はひどい喉の渇きを覚えた。
「このクソ暑いのに、東京からご苦労ヤナ・・・・・無論、例の件か?」
陳の切れ上がった瞳が一段と深く、小田島を見据えた。
「ええ・・・・・とうとう大局が動きそうですよ」
「やはりライオンは行くのか?」
「ええ、来月です」
「・・・・・ソウカ・・・・・」
陳はパイプ椅子を広げると深く腰かけ、パイプを燻らせた。
視線を宙に浮かせ、後ろで束ねた黒髪が左右に揺れていた。
童子がシャボン玉を吹くかのような陳の横顔に、小田島はふっと息をついた。
ここのところの張り詰めていた気持ちが、少し緩んだ。
・・・・・陳さん、以前のような危なっかしい雰囲気は幾分和らいだか・・・・・
陳宏偉・・・・・広東出身の華人。南京町を含む神戸、中国系社会に幅広い情報網を持つ。
昔は中国、台湾、韓国、そして日本を往来していたが、今はこの神戸に住みついている。
そしてこの『北野Rail』には、昔も今も国籍を問わず、様々な人間がやって来る。
そう、今も昔もだ。
小田島がこの男について知っていることはこれだけであった。
「陳さん、そのおかしな言葉使いは変わらないですね」
「フン・・・・・関西やら広東やら、色々混じっとるカラな」
「最近広東語を聞く機会があったけど、混じるとそうなるのかな・・・・・」
小田島はほほ笑みながらキャメルに火を点け、店内を見渡した。
皮のめくれ上がった柱に、配管が丸見えの寂れた天井。
今にもネズミがひょこっと現れそうだ。
・・・・・カワラナイ・・・アノトキカラナニモカワラナイ・・・・・