昨年、継母に高校まで10年も通い続けたエレクトーンのことを聞くと、継母は「私が嫁に来たころにはもうやめてた」と平然と言い放った。


10年も続けてきた私の努力も、そこにあった私の時間も、彼女の中では最初からなかったことにされている。その事実に、単なる物忘れではない、鳥肌が立つような怖さを感じた。たしかに練習してなかったけどね(笑)


継母は昔からそうだった。小5や小6の、体も心も変化して一番デリケートだった時期。


祖父母の家の田舎の玄関でお風呂上がりにタオルを巻いて必死に自分を守っていた私に向かって、「あんたの裸なんて見ても誰も何にも感じないわよ」と笑い飛ばした人。


そこにいたお隣の近所の若いおじさんですら「そりゃ嫌だよね」と気を遣ってくれたのに、育ての親である継母には私の羞恥心も、一人の女の子としての尊厳も、何一つ見えていなかった。


昔、近所のおばちゃんが継母に向かって「自分の荷物だけ持って帰るな〜」と叫んでいる声が2階の私の部屋まで聞こえた。周りの大人はみんな、「自分さえ良ければいい」という本性を見抜いていたんだと、改めて確信した。

でも仲良くはしてくれてるみたい、きっとお互い様という関係なんでしょう。


継母は私を放置してテレビや自分の欲求ばかりを優先していたのは、私のせいではなく、彼女自身が「心」の通わせ方を知らない人だったから。


最低限の家事育児はしてくれた。手作りのご飯は料理上手で最高においしかった。でもあんな孤独で放置されていた環境の中で、なんとか居場所を守り抜いた自分を、誇りに思いたい。


​今、私の家では、娘が裸を恥ずかしがり、息子が「ごめん」と言って部屋を出る。そんな当たり前の、お互いを尊重し合う空気が流れている。


私は息子に「今お着替えだから行っちゃダメだよ」とはっきり伝え、子供たちの境界線を全力で守っている。


​今、私の信念は揺るがない。

私は自分の経験を「毒」のまま終わらせない。


自分が欲しくてたまらなかった「尊重」を、いま私の大切な子供たちに1000%注いでいる。


たとえ過去に無関心や軽視を向けられてきたとしても、私はその連鎖を繰り返さない。
この温かい家庭こそが、私のこれまでの苦しみが生んだ最高の答えだから。