宮城県女川町と石巻市へ行ってきました(1)
自身の心の中で止めておこうかと思ったのですが、
僕が感じたことを多くの方に知って頂ければと思い、
書くことにしました。
先日、5月7日、東日本大震災で被害を受けた、
宮城県女川町と石巻市へ行ってきました。
【被災地訪問への経緯】
3月11日、私は関西におり直接的な被害はありませんでした。
私はどうしても関西を離れることができない状況にあり、
東日本大震災で被害を受けられた方々に対し、エール・義援金での支援しかできず。
そして、自信の非力さを痛感しました。

それから約2カ月、どうすれば被災者を救えるのか、
どうすれば日本経済が復興するのか、
その為には何が必要なのかと。私は何ができるのかと考え続けました。
結果、先ずは被災地へ行き、
1、何らかの支援、お手伝いをしたい。
2、被災地を自身の目で見て、何が出来るか考えたい。
と思いました。
被災地のの情報は、TwitterやFacebook、mixiで情報を収集している時に、
石巻市にボランティアに参加された方とネット上で知り合い、現地の貴重な情報を教えていただき
サゼッションして頂きました。
実は、この大変な時期に被災地へ行くことは逆に迷惑なんじゃないかなとも思っていたのですが、
しかし、その方が、、
「ボランティアが迷惑だ、とかいうことは全然ありません。
人手はいくらあっても足りないけど、それをうまく振り分ける機能がうまく行ってないのかな、
という印象です」
「わたしは石巻出身の人間ですが、全国からたくさんの人たちが助けに来てくれているのを見て、
涙がでるほどうれしくありがたく思っております」
と言って下さり、宮城行きを決断しました。

僕が感じたことを多くの方に知って頂ければと思い、
書くことにしました。
先日、5月7日、東日本大震災で被害を受けた、
宮城県女川町と石巻市へ行ってきました。
【被災地訪問への経緯】
3月11日、私は関西におり直接的な被害はありませんでした。
私はどうしても関西を離れることができない状況にあり、
東日本大震災で被害を受けられた方々に対し、エール・義援金での支援しかできず。
そして、自信の非力さを痛感しました。

それから約2カ月、どうすれば被災者を救えるのか、
どうすれば日本経済が復興するのか、
その為には何が必要なのかと。私は何ができるのかと考え続けました。
結果、先ずは被災地へ行き、
1、何らかの支援、お手伝いをしたい。
2、被災地を自身の目で見て、何が出来るか考えたい。
と思いました。
被災地のの情報は、TwitterやFacebook、mixiで情報を収集している時に、
石巻市にボランティアに参加された方とネット上で知り合い、現地の貴重な情報を教えていただき
サゼッションして頂きました。
実は、この大変な時期に被災地へ行くことは逆に迷惑なんじゃないかなとも思っていたのですが、
しかし、その方が、、
「ボランティアが迷惑だ、とかいうことは全然ありません。
人手はいくらあっても足りないけど、それをうまく振り分ける機能がうまく行ってないのかな、
という印象です」
「わたしは石巻出身の人間ですが、全国からたくさんの人たちが助けに来てくれているのを見て、
涙がでるほどうれしくありがたく思っております」
と言って下さり、宮城行きを決断しました。
