両親と昨年11月に
帰省する際、JALを利用した。
在宅酸素を導入しており
全身状態はあまり良くはない状態での
長距離の移動…
不安しかなかった。
でも、本人は帰りたい。
病院側から民間の救急を利用し
救命士をつけて移動かいいのではないかと。
父はそんなに大袈裟にしたくない。
自分は大丈夫と。
様々な手続き。
空港までの移動の酸素ボンベ。
前日に羽田空港近くのホテルに宿泊するため酸素濃縮器もホテルに用意してもらった。
機内ではJALの酸素ボンベを、お借りした。
それにも書類が必要。
父の帰郷が決まって
あっという間の2週間だった。
気圧の変化で酸素化は多少変動あったが、酸素量の変更で何とか父は乗り切ってくれた。
そして、故郷に到着。
自宅にはすぐに友人が駆けつけてくれたが、父は1時間程を自宅ですごし、
病院に数日入院が決まっていたため
移動。
3日程の入院で済んだ。
とにかく、
不安要素の多い移動の中
JALの皆様には
たくさんのお気遣いと笑顔をいただき
お礼の気持ちを伝えたくて
機内誌に投稿した。
それが、先日掲載された。
たまたま叔母が飛行機にのり
機内で目にして
すぐに母に連絡くれたと。
泣きながら喜んでくれていたと。
母もすぐに仏壇に備えたよと。
父が他界して半年。
まだまだ私たち家族にとっても、
父の友人にとっても
現実でさないような日々がすぎていく。
だけど、残された人たちは前を向いて
進んでいかなければならない。
泣いてばかりはいられない。
父がきっと
「泣くな!」と言ってるのが
容易に想像できる。
