江戸東京たてもの園
江戸東京たてもの園は平成5年、東京都は江戸東京博物館の分館として、建設され、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示することにより、貴重な文化遺産として次代に継承することを役割としてになっている。<参考:江戸東京たてもの園パンフレット>
高橋是清邸
明治から昭和の初めにかけて日本の政治をになった高橋是清の住まいの主屋部分である。2階は是清の書斎や寝室として使われ、昭和11年の2・26事件の現場となった港区赤坂からから移築。
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事件が起きた二階より西川邸を望む
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高橋是清
1854年に江戸の芝で生まれ、間もなく仙台藩士の高橋家の養子となった。14才で藩から米留学を命じられ渡米したが、明治維新を知り帰国した。その後、書生、翻訳、教員など職を経験し、39才で日本銀行に入った。日露戦争の折、外貨募集に成功し、58才で日銀総裁となる。60才で大蔵大臣として入閣し7度の大蔵大臣の他総理大臣も経験した。