最愛の人を殺した

彼女は僕の最愛の女性である
しかし、彼女はもうこの世にはいない
・・・なぜなら 僕が彼女を殺したから。
彼女はごく普通の家に少し体の弱い女の子として生を受けた
幼いころから愛嬌のあった彼女
そのコロコロとした笑顔は誰をも魅了した
そんな愛らしさに加え、病弱な体と一人娘という立場があれば
彼女の両親を親ばかにするには十分
彼女は殆ど家から出ることも無く、親からの愛情を一身に受け
寵愛と溺愛のなか、箱入り娘へとすくすく育っていった
しかし、どんな人間にも転機というものは訪れる
彼女のうえに降りてきたそれは、
真っ暗な闇のように人間を盲目にし、
心を惑わせ、道を踏み外させる魍魎の罠
そう、恋だ。
彼女の心を射止めたのはよく行く本屋でアルバイトをしていたフリーターの男
欲しかった小説を取り寄せてもらったのがきっかけで
知らず知らずのうちに、会えば挨拶をする仲になり、
そこから世間話をする仲、おすすめの本を貸しあう仲、デートする仲、手をつなぐ仲と
順当に階段を駆け上がっていき、そして遂には恋人となった
そんなどこにでもあるつまらない出会いだったが、
それでも二人はゆっくりと愛を深め合い、いつしか真剣に将来のことを考える仲になったのだ
しかし、その順風満帆と思えた恋にも、大きな障害が現れる
それは彼女の両親
最愛の娘が男と付き合うなんて冗談じゃない
まして相手はフリーター
両親はどうにかして彼女の想いを変えてやろうと躍起になった
しかし、どんな意見も忠告も彼女はつんと跳ね除けて
自らの意思で未来を選んだ
育ってきた家よりも、愛してくれる両親よりも今まで得てきた幸せよりも何よりも
彼女は自分の内に生まれた愛を選んだのだ
それがすべての始まりで すべての終わり
そうして僕は・・・僕は彼女を殺すこととなる
そう、僕は―――
この人のいのちを貰って、生まれてきたのだ
今日は僕の誕生日。そして、母の命日だ
父が若き日の母の写真を持ち出して僕に話をしてくれた
二人が付き合って6年目
母は僕を妊娠した。
体の弱い母にとって出産は命の危険があるとお医者さんに言われたのだが、
母は二つ返事で僕を産むことを決めたそうだ
こうして母は僕を産み、そして・・・命を落とすことになった
誕生日ケーキと仏壇を前にして、母の人生を振り返り考える
「僕がおかあさんを殺したようなものなのかな?」とつぶやくと
「おまえのかあさんが、おまえを生かしてくれたんだよ」と、
今では本屋の店主になった父と、
父とすっかり仲良くなったおじいちゃんとおばあちゃんが笑顔で言ってくれた
今日は僕の誕生日
そして―――
僕の最愛の人の命日だ。

