わたしはわたし自身をどうやったらもっと有効活用できるだろう?
ということ。
必要なものはそろっている。
サポートも万全!
なにをはじめても間違いではない。
すべてがまたとない経験となる。
ならば。
なにを選ぶか…?
わたしが今年やってみたいことは、
ハープのミニアルバムをつくること。
寝そべる人たちのいる空間でハープを奏でること。
YouTubeに動画をupすること。
美しい曲を紡ぎ続けること。
踊り続けること。
愛し抜くこと。
もう、こーんなにいっぱい、やりたいことがある。
幸せだなぁ。
夢があると、わたしは生き生きするの。
未来のじぶんから託された約束は、遠い果実のように甘く香る。
そうそう、こっちだよ。
怖がらないで。
絶対、できるから。
わたしは信じているから。
未来のわたしは限りなく優しい。
まるできらめくエーテルの風のように歌いながらわたしを呼ぶ。
静かに、でも、確信に満ちて。
わたしはつま先を向けて、歌いながら踊りながら奏でながら、知らぬ間にその道を進んでいるの。
この世界は美しすぎて、まぶしくて、生きているだけでなんて満たされるのだろうと、ときどき涙がでる。
つらいことも悲しいことも数えれば数えた数だけ見つけられるけど、
わたしは、この世界の美しさに感覚をひたす方が好き。
全身の皮膚が静かな海の入り江のように凪いだ瞬間、このままこの至福の一部としてとけてしまえたらと夢みてしまう。
わたしはこの感受性とともにこれからも生きて、この星の美しさをたたえながらひとすじの音になりたい。
そして、いっぱい笑って、愛して、守って、歌って、踊って、奏でて、そのまま祈りのひとすじになりたい。
光のひとすじでありたい。
なんのために生きているのか、最近はもう意識にのぼることもないその問いをあえて自ら問い、答えるならば。
わたしは、光のひとすじでありたい。
人として、存在として。
いまあるものを数えると、すべてある、という答えにしかたどりつかず、
一寸前の意識が感じていた欠乏感が夢や幻のように消えてしまう。
ああ、欠乏感とは、幻想なのだ。
「すべてある」こそ、真実なのだ。
あるものを数えると、わたしたちは幻想の檻から自らを解放できる。
意識の焦点をどこに当てるかで、世界はまるで万華鏡のように姿をかえるから。
あなたの心が目に映る世界をつくります。
わたしたちの見ている世界はすなわち、わたしたちの想像力なのです。
美しい世界に生きることを選ぶなら、この世界の美しさに目を向けてみましょう。
道端に咲く花に、そっと目を向けるように。
☆~~☆~~☆~~☆~~☆
2月より個人セッションはじめます。
詳しくは→こちら~♡