カミングアウト② | 島村寺子屋まなび塾&ハポス治療院  公式ブログ

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国家資格の柔道整復師であり、心とからだのセラピスト歴28年のハポス田島があなたのつらい痛みを一緒に治して行きます。

あなたのその繰り返す痛みと辛さは???
自分自身に向き合う方法を、一緒に考えて行きましょう。


皆さんの親子関係ってどうですか?

私(由美子)の場合は、本当に大変でした。

トラウマというか、
マジでトラウマです(*^^*)

多くの???があったけれど、幼い頃は何も言えずに我慢することが、当たり前だったのです。

そうしないと、子供は生活が出来ないので。

母親と私は、本当に相性が悪くて
何から何まで、合わなかったのです。

今では『たまたま、親子であっただけ』と
思っているので、特に何も関わりもないのですが(((^^;)

※読みたくない方は、スルーして下さいね。

母親から私の10代の頃の行動に対して
(誤解を恐れずに書きますが、私は勉強も出来て、友達関係も良好で、温厚だったので学級委員を毎年努め、真面目だったので友達からも、教師からもとても信頼を得ていました)

でも、私が自分のままで、真面目に評価をされて、さらに自由にやればやるほどに

母親は
『そんな勝手な考え方のお前は、頭がオカシイんじゃない?』
『お前はいつも、子供のくせに威張っているから』
『お前は、本当は鈍くてグズだからね!』
『そんな勝手な事は、世間様に通る訳がない』
という一貫したダメ出し。

当時(群馬県伊勢崎市立境島小学校時代~伊勢崎市立境南中学校時代)常に学年トップか2番で、ほとんどのテストが100点でしたが、
1度も母親からは褒めてもらえませんでした。

(爆)

テストを見せると、露骨にスルーされるので
子供の私は、どうしてそうなるのか?
本当に解らずに自分の何がダメなのかと
(子供にとって親の評価は絶対でした)

今となれば、祖父母が私へ特別に愛情を注いでいた事に対する、イライラだったという図式が解るのですが。。。

そう思えば、もう憎しみはなく
母親は、とても愛すべき人です。

でも、若かった私は、それが解らなかったので

頑張っても頑張っても、むしろ、頑張って自分の良さを出して、活躍すればするほどに
『お母さんに嫌われてしまう』という恐怖で
とうとう動けなくなり。。。

そうすると、ますます
『お前はグズ』と言われ。

このままでは、本当に自分の頭がおかしくなってしまうと思い

18歳の時に、東京に逃げたのです。

(※そんな感じだったので、進学校であったのに高校では全く勉強に身が入らず、推薦で入れる短大に入学しました)

すると、東京では今まで抑えていた本当の自分で、自分の言葉で話しても誰からも『オカシイ』と言われず。

(私が通った短大の白山キャンパスは哲学の学びから発祥した四年制の大学と同じキャンパスにあり、サークルは短大と大学とが共有でした)、皆が『田島ちゃんて、本当に面白いね!』と言ってくれます。

『オカシイ人』から『面白い人』へ
昇格!!!

舎では『もっさりとしたブス』扱いだったのに、
東京では『綺麗だよね!!!(※当時)もう俺と付き合っちゃいなよ!』と言われ(・・;)


ええ~~っ!!!

今までの自分の評価が180度、ひっくり返ってしまうのでした。

だって!!!田舎では誰もそんなことを
言ってくれなかったのですからねぇ。


続く♪