ご覧頂けますと解る様に、田島弥平旧宅と同じく、2階の屋根の上に気抜けのある総櫓(そうやぐら)造りの養蚕農家です。

渋沢家は養蚕の他に藍玉の生産も兼業していたため、深谷市きっての豪農として有名でした。

この血洗島の集落は渋沢姓が多く、この中の家(なかんち)、東の家(ひがしんち)→※島村の田島武平宅(弥平の本件)と親戚、西の家(にしんち)があります。
とても大きな養蚕家屋があちこちに、遺されています。


とても立派な邸宅です。

渋沢栄一のご子孫も、栄一の論語の思想を継いで、財閥を作らずに滅私奉公を貫き、日本経済の為に尽くしました。

その思想と人としての在り方が認められて、渋沢栄一は財界人で、ただひとり男爵、後に子爵を授かりました。


ガイドさんの丁寧な説明に真剣に聞き入る
亀井眞樹先生です(*^^*)

渋沢栄一の直筆の手紙を見て
う~ん。すごいなぁ。。。



なんと、渋沢栄一は蒋介石や孫文とも接見していました。
生家には孫文からの直筆の手紙が遺されています。↓

