正解は1つではない、ということ。 | 島村寺子屋まなび塾&ハポス治療院  公式ブログ

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国家資格の柔道整復師であり、心とからだのセラピスト歴28年のハポス田島があなたのつらい痛みを一緒に治して行きます。

あなたのその繰り返す痛みと辛さは???
自分自身に向き合う方法を、一緒に考えて行きましょう。


こんばんは♪由美子です(*^^*)

思い浮かんだ事を、忘れないうちにぽつぽつと書きますので、文脈の変な所はスミマセン。(※先に謝ります(((^^;)そして、小学生、中学生の方にも解りやすく書きます)

●『正解は1つではない』ということ。

あの人が『いい』と思っている事は、
自分の『いい』と思っている事と違うかもしれないけどだからって、それが全くダメな訳じゃないということ。

あの人が『いい』と思っている事が、本当に自分でいいって思った事なら(回りがいいって言ってるからじゃなく、流されずに自分で思った事ならば)その事を、尊重してあげればいい。

自分の『いい』事とあの人の『いい』事が全然違ったとしても、それが嫌ったり、おびえたり、排他、対立の要素じゃないということ。

意見が違う事は全く問題ではないのです。
『考え方や、観ている世界が違うだけ』ということ。

そんな多様性も含めて、お互いを尊重し合う心の成熟が本物の『社会』で、おおらかな包容力を学ぶ事が、本当に自分で考えながら生きるということ。


誰も、違うことにおびえたり、
誰も、誰か(だれ?)を畏れたり

誰かが自分とは違う、ということを見張ったりしなくても大丈夫。

あの人の幸せの意味は、自分とは違うかもしれないけれど、だからって

正解は1つではない、のだから。

静かに自分の心の奥に、降りて
その過程を静かに、味わうということ。

心と身体を、静かに繋げて
『みんな』がそうだからではない
『誰か』がそう云うからではない
『あの人』がそう云うではない

『じぶん』の心と身体を繋げて観るということ。

自分の心に、ぐーっと降りて行って
じっと観察することは本当に怖いけれど。

怖いけれど、『あの人』の何かにイライラとしたら、ぐーっと自分の心の奥に降りて行ってみて欲しい。

どうして違うということに
ザワザワしたのか、じっと静かに感じて。

自分が友達と違うということは
ダメな訳じゃないから。

意見が違う事、考えが違う事をも
お互いに尊重し合うことが本物の社会。

正解は1つではない、ということ。

自分が、変な訳じゃないから
どちらかが正しいという訳じゃないから。

観ている世界が違うけれど、
お互いを尊重して、理解しようという心が
本物の社会だから

安心して、大丈夫だということ。

全部を解り合えなくても、違う事を理解してみようということが『学ぶ』という事で

学ぶために、自分の心の奥に静かに静かに
降りて行って

じっと、自分の事を感じてみれば
違うあの人の事がだんだんと解るようになる。

ゆっくりで大丈夫。

違うということを認めて、学んで行けば
全然怖いことはないから(*^^*)