こんばんは!ゆみこです(*^^*)
ここからは私の話ですので、嫌な方は飛ばして下さいね♪
よく言われておりますが
人の見ている世界は、ひとりひとりが違います。
例えば、私は介護の仕事をさせて頂いた時に『認知症』(※解りやすく説明するために取り上げていますが、他意はありません)のお年寄りと多く関わらせて頂きましたが
その方々の、見ている世界は
私達の見ている世界とは
全く違う訳です。
しかも、時間の流れも自由。
時空間のスイッチの仕方も瞬時で
あらゆる時空間を行ったり来たり。
『本当に!まさに自由!』な訳です。
これは極端な例ではなくて
認知症の方じゃなくても、
私達はひとりひとりが
全く違う世界を(自分の意識や思考から)
作り出していて
私達は、ひとりひとりが見えている
世界が全く違う訳です。
同じ映画を観ても、解釈は人それぞれ。
同じ本を読んでも、感想は人それぞれ。
ある出来事を『嬉しい』と思う人。
『面倒くさい』と思う人。
『怒り』に代わってしまう人。
そもそも反応や解釈には
『これが正解』というものは
存在しない訳です。
そうなると、今起きた現象に対しても
流れている時間に対しても
そこに、それぞれの主観が入るわけだから
一体、何が正解(リアル)なんだろう?っていう話ですよね。
となると、どんなに客観視しようとしても
そこには、お互いの差異が生じる。
(それは体調や、気分なんてものにも大きく左右される)
そういうカラクリに気が付くと
結局は、どんな風に見えてもイイ♪
という諦念が。諦念というよりも、器。
大きなスペースです。
どんな風に受け取ってもイイ♪
人間の主観が入る限り、もうそれぞれの
見えているものや、感じているものや
流れている時間さえも違うから
なんだ!!! 人が自分の好きに解釈して
見ているだけなんじゃない!?
自分もだよ~~。(*^^*)
それが、解ると、もう誰かを正そうとも思わないし(その人のままでOK)
説得しようとも思わないのでした。
感じるままでOK♪なのでした。
だから、回りからどんな解釈をされても
自分そのものが変わる訳じゃないから
自由に解釈してもらえば良いということですね♪
