群馬県伊勢崎市境島村に
富岡製糸とともに世界遺産登録された
『田島弥平旧宅』があります。
時は1860年代(幕末時代)に
田島弥平旧宅は2階天上に
総やぐらを備えた『清涼育』という
蚕の飼育方法で、日本の養蚕家屋の原型を
造り上げました。
弥平の考案した清涼育のもと
風通し良い環境で丁寧に育てられた蚕種は『島村勧業会社』というブランド名でイタリアへ直売、輸出されます。
当時ヨーロッパは蚕の『微粒子病』が蔓延して、良質なシルクが生産出来ず、頼みの繋の中国はアヘン戦争の真っ只中でした。
田島弥平が著した養蚕のテキストである
『養蚕新論』『続養蚕新論』は明治の
農産書のベストセラーにもなりました。
また
明治の始めに、本家の田島武平の親戚に当たる埼玉県深谷市の『日本経済の父』である渋沢栄一翁の推薦のもとで
田島武平、田島弥平らが
一時途絶えていた『宮中ご養蚕』の指導に
抜擢されて、皇后陛下に島村の養蚕技術を
指導することになりました。
そして、養蚕が明治の日本経済の発展に
大貢献することになります。



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