続きです。
第1回目の会議の意見を踏まえて意見交換をしました。
●『島小学校の存続を望む声』
○僕は、島村に生まれて島村で死んでゆく。小学校のない地域の存続は未来がなく厳しい。何もせずにいるのは未来を担う島村の子供達に申し訳ない。戦後教育で有名な斉藤喜博先生を筆頭に、島小学校の教育の素晴らしさは全国に知れ渡り、ひとりひとりの特性を大事に活かした実践教育が多くの偉人を輩出している。16人しかいない、のではなく、16人いるのだから廃校にしたくない。
○世界遺産の富岡製糸にとっても、田島弥平旧宅にとっても、この143年の歴史ある(富岡製糸が出来た翌年に境島小学校が開校)小学校をなくしてはならない。
○島小学校は僕の心のよりどころ。廃校になったら、心のよりどころがなくなる。合唱や運動(サッカー、野球、運動会等)は近隣の小学校との合同授業でも良いと考える。交流も生まれる。また島小学校の敷地にある『田島弥平旧宅の案内所』で関西から訪れた観光客が『島小学校は一生に一度は見たい小学校だ』と言っていた。
○僕は、島小学校を島村地区の要として位置付けたい。人口を増やすには時間がかかるかもしれないが、伊勢崎市に合併した10年前に島村の少子高齢化はわかっていたこと。都市計画で市街化調整地区に農振区域とダブルで規制をかけておいて、人口増加をさせないための方策自体が失策だったのでは?
規制緩和、インフラの整備、移住者に対する家賃助成、子育てアパートの建設、空き地斡旋などで少人数制の教育を受けさせたい家族を受け入れるべき。
田島弥平旧宅が世界遺産になったのに、子供がいない地区にしたくない。行政全体の問題として対外的にも恥ずべき。
○島小学校を転校した生徒から『島小学校は本当にいい学校だった!』という手紙が届いた。伊勢崎市と島村が合併した時に『合併する条件として、島小学校を残すこと』という約束があったと聞いている。この約束を反故にしても良いのか?
また保護者の中には少人数で学ばせたい人と大人数で学ばせたい人がいる。それぞれの家庭に選択させることも必要。学校区の規制緩和。
○私は同じように伝統校として存続している北小学校のように特区申請を望む。同時に近隣の埼玉県からも児童を募り、外国人も幅広く受け入れて良いと思う。島村は世界遺産でもあり、バイリンガルがたくさん住んでいる。また少人数の特性を活かし、学年のくくりを外してサドベリースクールのようにあらゆる年齢が一緒に学ぶ方法も考えて行きたい。
○何もせずに統廃合にしたくない。色々なアプローチを試みてみて、何年か努力する期間が必要。その結果を見てからでも遅くないと思う。
○僕は大人数の小学校出身。勉強が嫌いで授業について行くのが大変だった。学校に行っても何をやっているのか解らず、辛い。大人数の小学校はひとりひとりが落ちこぼれないように、ひとりひとりの特性をきちんと見て対応することは無理だと思う。先生が悪い訳ではなく、先生も一生懸命。物理的に仕方ない。
少人数だと中学に行っていきなり大人数となり、順応出来ずにイジメの対象になることを危惧されている保護者もいるが、イジメは人数の多少に関わらず起こる。
イジメに負けない自己重要感をいかに家庭で教育出来るかだと思う。個々のマインド、モラルの問題。
子供達が島小学校に通い、心が強く、回りに流されずにしっかりとした自分の考えや意見を言えるよう成長していることに感謝している。これは大勢に埋もれず先生の目が届く少人数制の利点。
また、何故、田島弥平旧宅が世界遺産に登録された翌年にお膝元である島小学校の統廃合の話が出るのか理解に苦しむ。
対外的にもとても恥ずべきこと。
※発言者の名前は匿名にさせて頂きました。
またメモを取ったものを文章にしたため、文脈の拙さがありますが御了解下さい。
続きます。

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