あがっていきない~~ | 島村寺子屋まなび塾&ハポス治療院  公式ブログ

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国家資格の柔道整復師であり、心とからだのセラピスト歴28年のハポス田島があなたのつらい痛みを一緒に治して行きます。

あなたのその繰り返す痛みと辛さは???
自分自身に向き合う方法を、一緒に考えて行きましょう。





こんばんはドキドキラブラブラブラブラブラブニコニコ 妻です♪


私が本当に子供の頃の
昔話をしても良いですか?
(35年くらい前の話です)

昭和40年代~50年代の島村は 
隣近所がほとんど知り合いで

鍵などかけなくても 自由に隣近所の家に
上がり込んで、TVを観たり

たわいのないお喋りをしたり♪

時には、近所のおばちゃんの愚痴を聞いてあげて『そうですかぁ』と
TVをダラダラ観ながら(*^^*)

なんとな~~く 聞いてるような
聞いてないような感じで

それで つねにテーブルかちゃぶ台の真ん中にお茶菓子があって

歌舞伎揚げとか、みすず飴とか、栗饅頭とかの(これが通じるあなたは昭和の人です♪)
茶の間の駄菓子をつまんだり

(※この茶の間のテーブルに、駄菓子がいつもお皿に置いてあって、誰でも自由に摘まんでいいというルールは、東京の下町で生まれ育った作家の『よしもとばなな』さんも、よくエッセイ等に書いていらっしゃいます♪東京の下町も同じなのですね!)


私の実家は自営業なので、子供時代から両親が忙しくて
子供よりも両親は仕事が中心の生活でした。

でも、私が寂しくなかったのは
近所の家に 自由に行き来出来る環境があったからです。

昭和40年代~50年代の島村は、機織りが盛んで、近所の家ではお婆さんが

キーパタン キーパタンと器用に
機織り機で伊勢崎銘仙を織っていました。

私は、学校(伊勢崎市立境島小学校です♪)が終わると


真っ直ぐに家には帰らずに
『お菓子をもらえる、おせいさん』の機織り小屋(おせいさんという近所のお婆さんが、いつも機織りをしていて、見に行くと必ずお菓子をもらえるので……)に行って

キーパタン キーパタンの機織りのリズムをを聴きながら、

『あがっていきない』と、いつも子供に、おもてなししてくれた

おせいさんのくれる
お菓子をモグモグ。お茶を飲んで。

それから、近所の友達と遊んだり、算盤塾(当時は算盤は必須の習い事でした♪)に行ったり。

夕方から夜になる頃
両親の仕事も終わるので、帰宅。

私は、本当に 島村で村の大人に守られて、豊かな子供時代を過ごさせていただきました。

当時の子供は宝物という、島村の村民の思想が今の私の心の強さ(東京時代からよく、メンタルが強いねと言われます(゜ロ゜) 自分ではわからないのですが………。きっと、子供時代に島村で育てて頂いたお陰だと思いますm(__)m)

本当に本当に ありがとうございます!







桑のように 野趣溢れるごとく
島村の皆さんに強く 育てて頂いた 島村娘(今はオバサン♪ですが)です(*^^*)

本当に本当に 感謝しています。

















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