こんばんは


妻です。『その時は わからなかったけれど
数十年経って 熟成する思い出』
皆さんには ありませんか??
私の思い出は もう20年前に亡くなってしまった 祖母『駒子さん』のことです。
とにかく とにかく くるくると
駒のように働いていました。
私の母親は、父親と二人で自営業(プロパンガスの配達や水道設備業、営業回り)で忙しく
私や弟達の面倒は、祖母の駒子さんが見てくれました(*^^*)
ある日のこと
毎日の朝御飯は、もちろん駒子さんが
しつらえる 純和食。
お味噌汁 ごはん 卵焼き アジの開き
お手製の糠漬け ホウレン草のお浸し
そんな 日本の食卓でした。
いいなぁ~~と歳を重ねた
今なら思うのですが
子供に取っては
『地味……』
昭和50年代の高度経済成長期で
田舎にも
あらゆる文化が入って来た時代でした。
『友達みたいににトーストとか、食べたい』
『ハムエッグとか』(当時はハムはご馳走でした)
『リプトンの紅茶とか飲んでみたい』
駒子さんに、当時小学生の私はワガママの言い放題




でも 家にはまだ『トースター』がありませんでした。
で
どうしたと 思いますか


なんと 練炭の上に 網を置いて
(練炭って若い人にはわからないでしょうね!)
食パンをこんがりと焼いてくれて
ソントンのピーナツバターを
(どこに売っていたのか?みつけて)
塗って出してくれたのです




炭火焼の トーストの味わい深さ

子供の頃に食べた味が
数十年経った 今
どんなに 手間がかかっていたかのか
愛情がかかっていたかのか
ようやく わかりました。
自分が 子供たちに
同じように 食事をしつらえる時に
高価でなくても
『美味しいものを食べさせたい』
『喜ぶ顔が見たい』という
純粋な おやごころ。
大人になって
やっと わかりました





トースターがないのに
練炭の火を起こして パンを
こんがりと香ばしく焼いて
ソントンのピーナツバター♪を
わざわざ買って来てくれた 気持ち
駒子さん
ありがとうございましたm(__)m
当たり前だと思って
食べていた 当時 10歳の私
あの時に戻って 駒子さんに
『ありがとう』と言いたいですm(__)m
そして この気持ちは
別の人に(デイサービスのお年寄り達へ)
ペイフォワード♪
渡して 繋げてゆきます。

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