私の名はヒロミ。高知県高知市、ひろめ市場の屋台で働く母親が「この飲み屋通りのように愉快な仲間が集まる人間に育って欲しい」との願いを込めて付けたそうだ。響き自体は嫌いじゃない。けど飲み屋みたいに人が集う人間って響きには心から共感できるわけが無い。なんてったってビールを飲めない高校2年生。あんな苦いものを馬鹿みたいに飲み続ける大人は本気で馬鹿なんじゃないかと思う。
そんな私も人並みに恋をしたことがある。中学生の時、1つ上の先輩に一目ぼれをした。東北で大きな地震が起きて、何か少しでも現地の役に立ちたいと考えた私は血を献上するために保健所に行った。お金は掛からないし、健康には自信があった。保健所に出向いて「献血する」と言ったら、「18歳以上じゃないとできません」と足蹴にされた。心から人の役に立ちたかった。けど現地に出向くお金もないし、寄付するにも親に貰ったお小遣いを差し出すほど余裕も無い。一生懸命考えた上での献血だったのに無駄足になってしまった。しょんぼりしてた時に声をかけてくれたのがその先輩。その先輩も私と同じ発想で訪れていた。
「役に立ちたい。俺のばあちゃんは宮城の震源の近いところに住んでいる。けど今は震災から10日間も連絡がとれていない。親は捜しに行くらしいけど、まだ高校1年の俺は邪魔になるからって家に放置された。何にも出来ないのが不安で、考えに考えて献血に来た。でも、ヒロミちゃんだっけ?同じ理由で断られたよ。人間って弱いよな?ひとまず帰って電気あんまり使わない生活するよ。今俺が出来るのなんてそれくらいだしな。」
帰り道が一緒まで途中だった彼はそれだけ言うと、「じゃあまたね」とだけ言って右手を上に振って別れていった。
家に帰ってハンゲームのチャットを開いた。32歳の男が話しかけてきた。誰にでもいいから、ちょっとだけ褒めて欲しかった。
「今日献血センターまで言ったんだけど、年齢制限でできなかったんです><」
「俺は献血趣味なんだけど、抜かれる時にスゥーってするんだ。エヘ。」
「あれは気付けば気持ちいんだけど、そこにたどり着くまでに時間が掛かるんだよなぁ。エヘヘ。」
「それに驚くべきことに、俺の血液型はRh-のAB型なんだ。エヘヘ。」
「世の中で最も希少な血液型を持っているから、病院でいつも先生に『もしよろしければお願いします』って声をかけられるんだ^^エヘヘ。」
半角で「エヘヘ」と打ってくるのが鬱陶しい。中学生に献血自慢するハンゲのチャットに現れる32歳とかマジ終わってる。そんなくだらない奴の自慢を最後まで聞いてしまう自分の器の小ささにもがっかりだけど、無性に悲しいこの気持ちを誰に伝えるでもなく布団に入った。献血の帰りに一緒になった、彼の「人間って弱いよな」って言葉が頭の中で反芻し続けた。
翌朝も6時にミッキーマウスの目覚まし時計が「オハヨー、ボクミッキー、今日ガ始マルヨッ」っていつもの口調で起こしてくれる。それにしてもなんで小鳥は朝この時間だけ鳴くんだろう。小学生の時から抱いてる疑問だが、その回答には未だたどり着けていない。窓を開けて深呼吸した。背中がピキッていうのも毎朝の日課。顔を洗って、ブラを付けて、襟元が少し大きすぎるワイシャツを被ったらもう出発準備万端。自分で言うのもなんだけど、出来た中学3年生だと思う。親のためにトーストとバター、ご近所さんに貰った金柑のジャムも用意してNHKニュースを見る自分は大分大人びているのかもしれない。
電車で一駅なんだけど、やっぱりこの時間は満員電車。女性専用列車が高知県にもあるのは嬉しいばかり。あの加齢臭って奴は3日間はき続けた靴下に納豆を挿入したにおいがする。あの臭いを嗅ぐたびに「結婚はしたくない」などと物思いに更けたりするのだ。けど女性専用車両もいいことばかりじゃない。おばさんが無駄な抵抗だと分かりつつも開いた毛穴に粉を塗りたくって自己満足に走っている。自分も将来そうなるのかと思うと気が滅入る。そんな下らない人間観察と考察に浸っている間に目的駅に到着。降りようとしたその時、昨日の献血の彼がだらしなくシャツをはみ出させたまま、猛ダッシュで列車に乗り込もうとしていた。
「プシュー」
「残念。プッ」っと噴出した私は、少し離れた歩道橋から彼を眺めていた。彼のエナメルバッグの鞄にはBasketballと書かれている。まだ6時42分であることを考えたら、きっと朝練でもあるんだろうな。彼は忙しなく駅のホームを所狭しとウロウロしている。なんか可愛い。
「ワッ」
「キャッ」
クラスメートのマナミだった。「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。なにしてるのよ~」
「ご、ごめん。歩道橋から見えるこの景色が好きなの、」
支離滅裂な言い訳に
「ふーん、あっそ。」とだけ答えてくれるマナミは掴みどころの無い人気者。
「ところでさ、」とマナミ。
「ヒロミ昨日男の人と隣町でデートしてたでしょ?普段男っ気ないくせにやることやってるのね。」
私は焦った。
「ヒッ、人違いじゃない?そんなこと知らないわよわたし?誰から聞いたの?」
咄嗟に出た言い訳。誰から聞いたの、なんて聞かなければよかったと猛烈に後悔した。
「んー、私のお母さんが買い物帰りに見たって言うのよ。ヒロミちゃんが楽しそうに男の人とおしゃべりしながら帰ってたって。だって私達女子校じゃない?まあ男の子と歩いてるだけで目立っちゃうって言う。じゃあまあお母さんには人違いって伝えとく。にしても、今日なんか変じゃない?妙にソワソワしているようなぁ~」
「そ、そんなことないってば!」
ムキになっちゃう自分恥ずかしいと反省するもとき既におそし、マナミは
「ふーん、あっそ」と優しく微笑む。駄目だ、彼女には敵わない。
「学校いこ!まだ宿題ちょっと残ってるの。よかったら教えてくれない?」
「お弁当のおかず一個でいいよー」
「マナミにはかなわないわ、おねがいしまーす」
普段使わないようなとぼけた声、本当に自分がオコチャマすぎて泣きたくなる。
学校に向かいかけた瞬間、丁度電車が来た。彼がこっちを見ていた気がした。
そんな私も人並みに恋をしたことがある。中学生の時、1つ上の先輩に一目ぼれをした。東北で大きな地震が起きて、何か少しでも現地の役に立ちたいと考えた私は血を献上するために保健所に行った。お金は掛からないし、健康には自信があった。保健所に出向いて「献血する」と言ったら、「18歳以上じゃないとできません」と足蹴にされた。心から人の役に立ちたかった。けど現地に出向くお金もないし、寄付するにも親に貰ったお小遣いを差し出すほど余裕も無い。一生懸命考えた上での献血だったのに無駄足になってしまった。しょんぼりしてた時に声をかけてくれたのがその先輩。その先輩も私と同じ発想で訪れていた。
「役に立ちたい。俺のばあちゃんは宮城の震源の近いところに住んでいる。けど今は震災から10日間も連絡がとれていない。親は捜しに行くらしいけど、まだ高校1年の俺は邪魔になるからって家に放置された。何にも出来ないのが不安で、考えに考えて献血に来た。でも、ヒロミちゃんだっけ?同じ理由で断られたよ。人間って弱いよな?ひとまず帰って電気あんまり使わない生活するよ。今俺が出来るのなんてそれくらいだしな。」
帰り道が一緒まで途中だった彼はそれだけ言うと、「じゃあまたね」とだけ言って右手を上に振って別れていった。
家に帰ってハンゲームのチャットを開いた。32歳の男が話しかけてきた。誰にでもいいから、ちょっとだけ褒めて欲しかった。
「今日献血センターまで言ったんだけど、年齢制限でできなかったんです><」
「俺は献血趣味なんだけど、抜かれる時にスゥーってするんだ。エヘ。」
「あれは気付けば気持ちいんだけど、そこにたどり着くまでに時間が掛かるんだよなぁ。エヘヘ。」
「それに驚くべきことに、俺の血液型はRh-のAB型なんだ。エヘヘ。」
「世の中で最も希少な血液型を持っているから、病院でいつも先生に『もしよろしければお願いします』って声をかけられるんだ^^エヘヘ。」
半角で「エヘヘ」と打ってくるのが鬱陶しい。中学生に献血自慢するハンゲのチャットに現れる32歳とかマジ終わってる。そんなくだらない奴の自慢を最後まで聞いてしまう自分の器の小ささにもがっかりだけど、無性に悲しいこの気持ちを誰に伝えるでもなく布団に入った。献血の帰りに一緒になった、彼の「人間って弱いよな」って言葉が頭の中で反芻し続けた。
翌朝も6時にミッキーマウスの目覚まし時計が「オハヨー、ボクミッキー、今日ガ始マルヨッ」っていつもの口調で起こしてくれる。それにしてもなんで小鳥は朝この時間だけ鳴くんだろう。小学生の時から抱いてる疑問だが、その回答には未だたどり着けていない。窓を開けて深呼吸した。背中がピキッていうのも毎朝の日課。顔を洗って、ブラを付けて、襟元が少し大きすぎるワイシャツを被ったらもう出発準備万端。自分で言うのもなんだけど、出来た中学3年生だと思う。親のためにトーストとバター、ご近所さんに貰った金柑のジャムも用意してNHKニュースを見る自分は大分大人びているのかもしれない。
電車で一駅なんだけど、やっぱりこの時間は満員電車。女性専用列車が高知県にもあるのは嬉しいばかり。あの加齢臭って奴は3日間はき続けた靴下に納豆を挿入したにおいがする。あの臭いを嗅ぐたびに「結婚はしたくない」などと物思いに更けたりするのだ。けど女性専用車両もいいことばかりじゃない。おばさんが無駄な抵抗だと分かりつつも開いた毛穴に粉を塗りたくって自己満足に走っている。自分も将来そうなるのかと思うと気が滅入る。そんな下らない人間観察と考察に浸っている間に目的駅に到着。降りようとしたその時、昨日の献血の彼がだらしなくシャツをはみ出させたまま、猛ダッシュで列車に乗り込もうとしていた。
「プシュー」
「残念。プッ」っと噴出した私は、少し離れた歩道橋から彼を眺めていた。彼のエナメルバッグの鞄にはBasketballと書かれている。まだ6時42分であることを考えたら、きっと朝練でもあるんだろうな。彼は忙しなく駅のホームを所狭しとウロウロしている。なんか可愛い。
「ワッ」
「キャッ」
クラスメートのマナミだった。「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。なにしてるのよ~」
「ご、ごめん。歩道橋から見えるこの景色が好きなの、」
支離滅裂な言い訳に
「ふーん、あっそ。」とだけ答えてくれるマナミは掴みどころの無い人気者。
「ところでさ、」とマナミ。
「ヒロミ昨日男の人と隣町でデートしてたでしょ?普段男っ気ないくせにやることやってるのね。」
私は焦った。
「ヒッ、人違いじゃない?そんなこと知らないわよわたし?誰から聞いたの?」
咄嗟に出た言い訳。誰から聞いたの、なんて聞かなければよかったと猛烈に後悔した。
「んー、私のお母さんが買い物帰りに見たって言うのよ。ヒロミちゃんが楽しそうに男の人とおしゃべりしながら帰ってたって。だって私達女子校じゃない?まあ男の子と歩いてるだけで目立っちゃうって言う。じゃあまあお母さんには人違いって伝えとく。にしても、今日なんか変じゃない?妙にソワソワしているようなぁ~」
「そ、そんなことないってば!」
ムキになっちゃう自分恥ずかしいと反省するもとき既におそし、マナミは
「ふーん、あっそ」と優しく微笑む。駄目だ、彼女には敵わない。
「学校いこ!まだ宿題ちょっと残ってるの。よかったら教えてくれない?」
「お弁当のおかず一個でいいよー」
「マナミにはかなわないわ、おねがいしまーす」
普段使わないようなとぼけた声、本当に自分がオコチャマすぎて泣きたくなる。
学校に向かいかけた瞬間、丁度電車が来た。彼がこっちを見ていた気がした。