よく、自分が変わると見えている世界、つまり自分の外側の世界も変わると言われます

 

今日はこのカラクリについて書いてみたいと思います

 

 

  自分の内側と自分の外側の世界の関係について

私たちは、外側に広がる世界は一つだけだと認識していますが、

実は、人の数だけ外側の世界は存在しています

 

こう聞いて、どう思われますか?

 

え?世界は一つじゃないの?たくさんの世界があるなんてよくわからない

と思われた方もいるかもしれません

 

ですが、これは紛れもなく事実で

あなたの認知している世界は、あなただけの世界です

 

もう少し丁寧に説明すると

私たちの外側に広がる世界を「どのように認識しているか」は

人によって様々だということです

 

Aさんという人にとっては、この世界は優しいと認識されている、その同じ世界が、

Bさんにとっては、とても厳しくて冷たい世界だと認識されている

 

そういうことが起こりうるということです

 

そういう意味で、

外側に広がる世界や見えている現象は一つだったとしても

 

それをどう捉えるかによって、

あなたの生きる世界は、如何様にでも変化していくということが言えます

 

そのため、

あなたの内側、つまり、あなたの持つ世界観や価値観、考え方、思考の癖、などが変われば

 

あなたの外側に広がる世界に対する認識が変わるので、

その結果、外側の現象や環境は変化していなかったとしても

 

あなたの外側の世界の見え方や感じ方が変わり、

あたかも、外側の世界も変わってしまったかのように捉えられるということが起こります

 

 

  物事の認知には、3段階のレベルがある

では、この「外側の世界をどう捉えているか」

について、もう少し詳しくみていきましょう

 

私たちは一体、どのようにして、

自分の外側に広がる世界を認知しているのでしょうか

 

そこには3段階のレベルが存在していますが

このそれぞれのレベルについては、あまりにも当たり前すぎるので、

認識していない人たちもいらっしゃるのではないかと思います

 

ですが、この3段階のレベルが存在するということを

しっかりと意識しながら外側の世界を捉えるということができるようになることは

 

自分にとって心地の良い、言い換えると望ましい世界に

生きられるようになるためには必須のスキルになってきます

 

ですので、ここで説明する3段階のレベルについて認識した上で

改めて、あなたの外側に広がる世界を丁寧に捉えてみるということを

ぜひされてみてください

 

最初に、3つの段階とは何ぞや?というのを

箇条書きにしてみますね

 

一つ目の段階:事実

二つ目の段階:あなたの捉え方

三つ目の段階:捉え方に対するジャッジメント(評価判断)

 

この3つの段階全てを使いながら、

私たちは外側の世界を認知しています

 

 

ではまず1つ目の段階から説明していきますね

 

 

  一つ目の段階:事実の認知

私たちは、外側の世界で何か物事が起きた時、

それをまず認知します

 

これが、事実の認知という一つ目の段階です

 

例を挙げてみると

 

地震が起きた

試験に受かった

失恋した

転勤になった

 

などです

 

これは、単に、何か物事が起きた、事象が発生した

という段階で、ここには何も感情やジャッジメントがくっついていないことがわかるでしょうか

 

地震が起きた、というのは単なる事象です

 

試験に受かったということも、失恋したということも、転勤になったということも

全ては単に、そういうことが起きた、ということに過ぎません

 

これがまず、私たちが外側の世界を認知するときに、一番最初にしていることです

 

これだけでは、何も問題が起きてこないことがわかるでしょうか

物事は本来、起きてきているだけで、

そこに、ポジティブもネガティブも、良いも悪いも、正しいも間違いもありません

 

その、全てのジャッジメントや感情から自由である段階が

この一つ目の段階になります

 

ではなぜ、私たちは、生きている中で、

様々なことに一喜一憂したり、問題だと感じたり、落ち込んだり悩んだりするのでしょうか

 

その原因は、

これ以降の二つ目、三つ目の段階が、

物事を複雑にしていることにあります

 

 

  二つ目の段階:あなたの捉え方

一つ目の段階で、物事が何かしら起きてきます

 

これに関して、二つ目の認知の段階として起きてくるのが

あなたがその物事をどう捉えるか、というものです

 

例えば、地震が起きたとします

 

それについて、大変なことが起きた、と捉えるのが、この二つ目の段階の認知にあたります

 

試験に受かった、という事象が起きたとき

それについて、嬉しい、とかよかった、とか捉えるのが、このあなたの捉え方になります

 

失恋した、ということであれば、

なんでこんな悲しいことが起きるの、とか、

苦しくて苦しくて仕方ない、とか

 

この先また誰かを好きになれる気がしない、とか

いろいろなことを、この失恋した、という事実が起きたときに、感じていきます

 

これも全てひっくるめて、

あなたが、この事象をどう捉えているか、にあたります

 

言い換えると、

何か物事が起きた時の、第一反応として出てくるのが、

このあなたがそれをどう捉えているか、という捉え方の段階になります

 

もし過去に似たような物事に遭遇していたことがあれば、

この捉え方というのは、その過去の出来事に引っ張られて、

 

半ば自動反応的に起きることもあります

 

 

例えば、過去に地震で大変な目にあったことがあったとすると、

大変なことが起きたと捉える、というふうにです

 

失恋の場合でいえば、

また辛い時間を過ごさないといけないとか、

もうこんなに辛いなら人を好きになったりなんかしない、とか

 

そんなふうに失恋を自分を辛くさせるものと捉えているというのは、

過去に同じように失恋したときに、辛い思いをした時の経験が蘇ってくるから

ということがあるかもしれません

 

ここまでは、

もしかすると自己探求をされている人たちにとっては、

至極自然なことのように思えるかもしれません

 

ですが、実は、現象が起きた時に、私たちの中で起きていることは、

この二つ目の捉え方の段階では終わりません

 

もう一つ、さらに三つ目の段階というものが存在します

 

 

  三つ目の段階:ジャッジメント

それが、ジャッジメント、評価判断の段階です

 

地震が起きる→何か大変なことが起きた

ここからさらに、それを、自分にとって良くないことだ、とジャッジするというのが

この三つ目の段階になります

 

他の例で言えば、

転勤になった、という事象が起きた時、

嫌だなというのが、二つ目の認知の段階、転勤をどう捉えるかというところになりますが

 

そのさらに奥では、三つ目のジャッジメント、

転勤というのは自分にとって良くないことだ、望ましくないことだ、という評価判断が下されています

 

失恋の例でもそうですよね

失恋した、その後にそれが辛いものと捉える、

その奥には、失恋は自分にとっては良くないことだと捉えている、というジャッジメントが行われています

 

最初は、単なるニュートラルな出来事だったものが、

ここまで段階を降りてくると、問題になったりするようになる

というカラクリがこれでお分かりになるかと思います

 

最後のこのジャッジメントの段階というのは、

言い換えると、自分にとって起きた出来事がいいものなのか悪いものなのか、

望ましいものなのかそうでないものか、YESかNOか、快か不快か、

といった二者択一の段階とも言えます

 

この段階で、私たちは無意識のうちに

自分の外側の世界で起きていることを、全て

ジャッジしているのです

 

そして、良くない、不快、悪い、望ましくない、とジャッジされたものが、

問題や悩みを生み

 

良い、快、望ましい、とジャッジされたものが

喜びや幸せにつながっていきます

 

この3段階目のジャッジメントは、二つ目の段階の捉え方とくっついて

大きく捉えられていることが多いと思うのですが、

 

捉え方とジャッジメントを分けてみることで、

 

あなたの中にある物事の捉え方が、問題を作り出したり悩みや苦しみを作り出しているということに、気づきやすくなります

 

捉え方というのは、言葉を変えると、

あなたの中に生まれてから今までの体験の積み重ねの中で蓄積されてきた

 

価値観、考え方、思考の癖、などとも言うことができるでしょう

 

 

それが、あなたにとって、どういうジャッジメントとリンクしているのかをみることで、

この世界に起きるあらゆることを、

あなた自身が、あなたの内側にある捉え方と言うフィルターを使って

良い悪いと振り分けていることがわかるようになります

 

 

  自分の生きる世界を変えたければ、ジャッジメントを変える

ここまで気づくことができるようになると、

この段階を逆に辿って、あなたにとっての問題や苦しみを、糧にしていく生き方、

そして捉え方を、あなた自身の意志で選択していくことができるようになります

 

それが、あなたの生きる世界を変える、と言うことです

 

例えば、失恋したと言う出来事が起きた時のことを考えてみましょう

 

その時、また立ち直るまでに時間がかかる、とか、

辛くて苦しい時間を過ごさないといけない、とか

いつ抜け出せるんだろう、とか

どうやって立ち直れば良いのかわからない、とか

 

いろいろな捉え方がやってくると思います

 

そして、それらをみてみると

失恋を、良くないこと、苦しみをもたらすもの、

とジャッジしていることがわかると思います

 

ここまでのことを、

私たちは瞬時にやってのけています

 

そのことにまずは、気づいて、

丁寧に3段階まで因数分解してあげます

 

その後に、

ジャッジメントのところにまずは注目します

 

あ、今、自分は失恋を良くないこと、苦しいことってジャッジしてるんだな

と言うところです

 

で、その理由はなんだろうと言うところで、

第二段階目の捉え方に注目します

 

そこに、

失恋すると、いつも自分はそこから立ち直るのに相当時間がかかるとか

その間中、お相手との間に起きたことをあれこれと後悔したり、

もっとああすればよかったんじゃないかとか、くよくよ考えてしまうとか

 

過去に囚われていたりとか、

過去の似たような失恋体験から、ああまた同じような苦しい時間がここから続くんだと思っていることに気づくことができます

 

そうすると、最後に、一つ目の段階の事実に、さらに戻っていきます

 

事実は、失恋した

 

ただそれだけなのです本当は

 

でも、ここがなかなか人間としては受け入れ難いですよね

感情がいろいろと動く生き物のわたしたちですから

 

それこそ失恋という、感情が大きく動く出来事に遭遇したときに

冷静に事実だけを見つめることができるというのは、なかなか簡単ではないかもしれません

 

でも、この物事の認知の3段階を知っていると、

事実と、あなたの捉え方やジャッジメントを分けて、

眺めてみることができるようになります

 

そうすることで初めて、

あれ、失恋を辛いと思っていたり、良くないこと、苦しいことと思っているのは

本当にそうなの?

と疑う余地が出てくるわけです

 

ここで、じゃあ失恋をどう捉えることができれば

自分にとって、良きことへと変えていくことができるでしょうか

 

それを意識的に選択していくことが

あなたの世界を変えていくことにつながります

 

例えば、失恋とは、あなたを成長させてくれる大切な体験だと捉えることもできるでしょう

失恋とは、誰かを深く愛することができたという素晴らしい証だと捉えることもできるでしょう

 

または、別れが苦しいと感じるくらいに、

好きだと思える人と巡り会えたという奇跡だと捉えられるかもしれません

 

そう捉えてみると、失恋は必ずしも、良くないことでなくなります

 

そして、失恋は、豊かな体験だと良いものとジャッジし、

あなたの中から、苦しみや問題としての失恋という概念がなくなっていきます

 

 

そうすると、どんな感じがするでしょうか

 

人間として成長した自分

愛情深い自分

好きな人と巡り会えた幸せな自分

 

そんな世界の物語が出来上がってきます

 

これが、あなたの内側が変われば、世界が変わる、というカラクリになります

 

もちろん、これは、痛みや苦しみが強い時にやろうとすると

さらに苦しみや痛みを助長してしまうこともあるかもしれません

 

また、一人でこれをやろうとすると

どうしても自分の過去の癖や体験に引っ張られて

うまくいかないこともあるかもしれません

 

そんな時は、私のコーチングを活用していただいても良いですし、

カウンセリングやセラピーを受けたり

身近にいる頼れる方に協力していただいても良いと思います

 

 

いずれにせよ、

外側の世界は事実としては固定されていたとしても、

それをどう捉えるか、どうジャッジするかで、

いかようにでも変えることができます

 

今日はそんなことについて

詳しく書いてみました

 

よかったらぜひ何度も読み返して

実際に、具体的な出来事に当てはめながら、取り組んでみてください