娘の立場からの「もうひとつの母の日」

私がママとしての母の日は
6歳の娘がとっても心温まる
お祝いをしてくれた。

一方、私が娘の立場で
実家の母に送った贈り物は
受け取ってもらえなかった。

母としては、悪気はない。

「もらっても、使わない。
うちにあっても、もったいなから
あなたが持って帰って使いなさい。」

「高かったでしょ。
気持ちだけ、もらっておくわ。
でも、もう買わないでね。
それ、私は使わないから。」

って。

めちゃくちゃ、I that です。。。

繰り返すけど、悪気はない。
私を傷つけるつもりもないし、
きっと
私が傷ついたとも気づいてない。

日頃から、私と違って
竹を割ったような性格で

自分に合わないものは、いらない。
食べたくないものは、食べない。
行きたくないとこは、行かない。

「嫌なら嫌と言えばいい」
って、あっさり言っちゃうタイプ。

そう、めっちゃ自分の心に正直なだけ。

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でも、悲しかったな。

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笑って返品受け取って、
「うん、じゃぁ、私が使うね」って
持って帰ってきたけど

ホントは泣きそうだった。

母のことを思って選んだの。

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なんか知ってる、この感じ。

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頭では、わかってるよ。

お母さんが、たっぷりの愛情で
私を愛してくれていること。

その表現方法が、
私の欲しいものと違うってだけだって。

子供の頃には、
あれも、してくれた。
これも、してくれた。

今も
あれも、してくれる、
これも、してくれる。

だけど、
欲しいのはいつも

「それじゃない」ものだったよ。

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以前の私と違って
心の勉強をたくさんしたから

へこまないための思考を選ぶ
知識はたくさん入ってる。 

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だけど、今日はなんとなく
この感情をすぐに消すために
それらの知識を使わずに

ちょっとこの
ヒリヒリするハートの体感に
寄り添ってみようかなって思う。

ネガティブと呼ばれる感情
イコール =不幸

ではないことは、
ちゃんと知ってるから。

「あ~、私、
今これを感じてるんだな」

って、ジャッジしないで
ただ見守ってみようと思う。

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母からの愛も
私からの愛も
潜在意識の深い場所で
必ず繋がっているから。

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そしてきっとこれは、
私からの私へのメッセージでもあると
わかってるから。

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ちょっと、迎えに行ってくる。

私が私を待ってるみたいだから。

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深い場所まで潜っていって
帰ってこれるかしら。

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いってきます。