昨日、久~しぶりに年長の娘と

2人でカラオケにいったのだけど

 

カラオケは個室なのに

選曲した曲と私の歌声が

廊下を通る若い女の子に

 

「イタイおばさん」

 

と思われてないか?って、

周りの目を気にする

頭の声がうっるさい!のなんの!ゲッソリ

 

 

 

今日になって

昨日のカラオケのことを自己対話してみた。

 

 

「AKBの曲なんて歌ったら、若作りのイタイおばさんって思われたら嫌だな}

「MAXとか、安室ちゃんとかだと、古い曲しかしらないダサいおばさんって思われたら嫌だな」

 

どういう曲だったらバカにされないかな?

今、私の年齢で歌ってイケテル曲ってなんなんだろう?

 

って

 

「自分が何を歌いたいか?」

 

よりも

 

「何を歌うのが正解なのか?」

「何を歌えば周りから認めてもらえるのか?」

 

 

完全に「私の気持ち」よりも「周りの目」を優先しようとしていた

 

 

そもそも、

私が恐れていた私たちの個室の前を通る女子高生自体が妄想おばけ

 

私の頭の中の架空の若い女子に「どう思われるのか」を気にして

自分の歌いたい歌を選べないって

 

おかしいよねねこクッキー

 

私が勝手に頭で作り上げた

妄想、幻、架空の存在おばけを恐がるなんて。

 

 

それにもし、実際に

誰かが私の歌声を聴いたとして

 

その人が私の選曲をどう思うのか、そもそもコントロールできないんだ。

その人の感情を操作することは、そもそも私にはできないこと。

 

それなのに、私の中に

「他人が私をどう思うのかコントロールしたい欲」があることに気が付いたキョロキョロ

 

他人の感情を操作するなんてそもそも不可能なゲームを攻略したいって、ハード設定すぎるよなえー

 

 

もう、それ、いらない。

私は「他人が私をどう思うのかコントロールしたい欲」を手放すことにしたクラッカー

 

 

それで私の頭の中を

「他人が私をどう思うのかは、その人の自由だ」って設定に変えたら、

  ↓

ということは?同時に

「私も誰をどう思ってもいいんだ」ってことにも気が付いたびっくり

 

 

 

「他人にこう思われたくない」を手放して、他人に心の中の自由を許可したら

  ↓

私が心で何を思うことにも許可ができて「自分を許す」ことにつながった。

 

 

 

なんということでしょう?

一見、嫌だなって思う状況の中に、私が自分で自分に制限をかけた思い込みが潜んでいた。

 

相手を許すことって、自分を許すことだという意味が少しわかった。

 

 

ハッピーちゃんが

「嫌な相手を許すのではなく、その人のしている嫌な行為をすることを、自分に許可することが、許すことの目的」

 

って内容のことをはなしていたのだけど、めっちゃ腑に落ちた!!

 

 

メモ今回のカラオケ選曲モヤモヤからの私の気づきと自分への備忘録鉛筆

 

・私の選曲をいけてないと思うかもと心配した若い女子は幻だよおばけ

 

・そもそも、他人が私の選曲をどう思うかは、その人次第で私にはどうしようもないよ

 

・他人が何をどう思おうと、個人の自由

=つまり、私が誰をどう思うのも私の自由<自分に許可できた>

 

他人をジャッジしてはイケナイって自分を律していたけど、心の中は自由だ花火

 

・選曲について外側に正解はない!

 認められたい?って実在しない妄想の女子高生に(笑)?

 

 

自分の歌いたい歌を歌うのが「正解」なんだよカラオケ照れまじかるクラウン