【2章6話】
前回のあらすじ
オルゲンから自分たちはレジスタンスだと告白を受ける。
利害の一致する関係として協力を申し出るオルゲンに、共に王都を目指すことを誓った一行。
旅に向けて眠りにつく。
ゼメシスは国王センティアヌス3世に呼ばれ謁見の間へと向かっていた。
「無能な坊ちゃんのお守ですか?」
その声にゼメシスが振り向き、険しい顔をする。視線の先には、キルトが含みのある笑いを浮かべて立っていた。
「キルト。口は禍の元だ。」
「はいはい。わかっておりますとも。ゼメシス様。」
キルトは悪びれる様子もなく、真っ直ぐに続く通路の先にある謁見の間の扉を、冷ややかな視線で見ていた。その視線の先から駆け寄ってくる人影がある。その人影はキルトには目もくれず、ゼメシスに軽く会釈をして口早に用件を告げた。
「ゼメシス様。王がお待ちです。お急ぎを。」
「わかっている、シューリアス。今行く所だ。」
「それならばお早く! 御用があるのであればあのような怪しげな者ではなく、近衛兵団副団長であるこのシューリアスめにお申し付けを!」
キッとキルトを睨みつけながら、シューリアスがゼメシスに向かって片膝をついて傍に控える。キルトはその視線を気に留める様子もなくニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「物は使いよう。あのような怪しげな者にこそふさわしいこともある。」
ゼメシスはそう言うと、シューリアスを従えて謁見の間へと向かった。シューリアスがキルトの横を通り過ぎる時に侮蔑のまなざしを送りながら通り過ぎたのは言うまでもない。
「余りあのような者と親し気にお話しなさらぬよう。」
「固いな。シューリアスは。」
「私はあなた様のことを思って!」
「わかっている。・・・気を付けよう。」
ゼメシスが謁見の間の扉を開くと大きく開けた空間が姿を現した。奥には立派な装飾の椅子が二組置かれている。その一つに腰かけていたまだあどけなさの残る少年が、オドオドとしながらゼメシスのことをチラチラと覗き見ている。その様子に眉をひそめながらも、ゼメシスは少年のそばまで赴き片膝を付きかしこまった。
「遅くなりまして申し訳ございません。ゼメシス、ただいま王の御前に。」
「ど、どうして早く来てくれなかったの? ゼメシス、呼んだらすぐに来てくれないと・・・ダメ、だよ。」
「申し訳ございません。どうしても手の離せない責務がありましたもので・・・」
センティアヌスは一瞬、そんなことなど関係ないとでもいうかのような表情をして見せた。が、次の瞬間にはゼメシスを泣きそうな顔をしながら睨み続けていた。
「センティアヌス様。この度はどのような御用向きで呼ばれたのでしょうか?」
「あの、えっと・・・僕に妃を、という声があるんだけど・・・ゼメシスはどう思う?」
まるで子犬がすがるような目で何かを訴えかけてきている。ゼメシスは少し目を細めてセンティアヌスを見た。センティアヌスは今にも泣きだしそうなほどにぷるぷると震えていた。
「我が君はどのようにお考えですか?」
「僕は・・・なんか嫌、かな。」
「そのような事!」
王の傍らに控えていた執政官が声を荒げた。それをゼメシスが一瞥すると、それだけで執政官は口ごもってしまった。
「ならば特に急ぐこともございますまい。」
執政官が唇を噛みしめながらこちらを睨んでいるが、ゼメシスは一向に気に留めることもなく歩き出した。
「要件がそれだけなのであれば、私はこの辺で。」
そう言い残してゼメシスは謁見の間を出た。扉が閉められ、ゼメシスのその顔からは何の感情も窺い感じられなかった。扉の外で控えていたシューリアスが駆け寄ってくる。
「ゼメシス様、王は何と?」
「馬鹿どもが王に対して妃をめとれと煽り立て、王は酷く困惑しているご様子だ。」
「妃・・・ですか?」
「どこぞの貴族が王の親族にでもなりたいと画策したのだろう・・・くだらぬ。」
「内密に調査いたしましょうか?」
「放っておけ。そんな小物の相手などしておれん。それよりも・・・」
そう言うと、ゼメシスはシューリアスに耳打ちをした。シューリアスは小さく頷き『はっ』と短く返事をしてそそくさと駆けて行った。
自室に戻る途中、ゼメシスの行く先にキルトの姿が目に入った。
「あんなお飾り・・・いらなくないですか?」
「滅多なことを口にするな。どんな器であろうと、王は王だ。」
「はいはい。健気なこってすな。」
「敵は外にばかりいるとは限らぬ。・・・警戒を怠るな。」
「じゃあ仕事にでも戻りますかね?」
そう言い残してキルトは闇の中に消えた。ゼメシスは窓の外に浮かぶ月に目をやり、しばし目を瞑った。静かに目を開いたゼメシスは、そのまま自室へと戻って行った。
ミンシアは窓枠に腰を掛け、月にかかる雲が流れていくのをただぼんやりと眺めていた。
(みんな・・・どうしてるかな? 今も僕の事を探して・・・)
ミンシアの脳裏にマーラを抱えるヴァイトの姿と、手を伸ばせば届きそうな距離にいるネルセンとヒューラの姿が浮かんできた。コンコンと不意に扉を叩く音が聞こえ、ミンシアは意味も無くあたふたとしてしまった。
「はーい、どうぞ。」
それを取り繕うかのように、何事もなかったかのような平静を装う。『失礼します』と言って一人の少女が入ってきた。彼女の名前はシズリ。どうやらミンシアの事を細々と世話してくれる人の様だ。こんな時間に何の用だろうか? と不思議な面持ちでシズリの事を眺めていると・・・。
「よく眠れるように温かいミルクをお持ちしました。」
シズリはミンシアに微笑みかけながら、湯気の立ちのぼるミルクの器をテーブルにそっと置いて軽くお辞儀をした。そのままミンシアに背を向けて部屋を出ようとするシズリを思わずミンシアが呼び止めた。
「あの! ちょっとだけ・・・お話しない?」
「構いませんが?」
少し小首をかしげてミンシアの方を見つめるシズリを、ミンシアは可愛いと感じて思わず照れ笑いを浮かべた。
「シズリは小さな頃からここに居るの?」
「はい。物心がつくかつかないかの頃に、こちらのお城にお世話になることになりました。」
「え!? お父さんとお母さんは? 寂しくない?」
ふとシズリの顔が陰った。ミンシアはしまったと思って思わず額を押さえた。
「あ、大丈夫です。・・・もう、いないものと思ってますから。」
その様子を気遣って、シズリが慌てて言葉を繋ぐ。
「そう、なんだ。・・・ごめんね。僕、思ったことすぐ口にしちゃうんだよね。」
頭を掻きながら申し訳なさそうに引きつり笑いをするミンシアに、シズリは思わずぷっと吹き出してしまった。そして、思い出したかのように『すみません』と一言添えてかしこまった。その様子に可笑しさが込み上げてくるミンシアと、お客様に粗相をした気持ちで一杯のシズリのうつむいた視線が交わった瞬間、二人とも我慢しきれずに声を出してあははと笑い出してしまった。
「シズリがいてくれてよかったな・・・」
ぽつりとミンシアがつぶやいた。
「何か?」
「ううん。何でも。」
「それでは仕事に戻りますね。」
「あ、ごめん。遅くなって怒られたり・・・しないよね?」
シズリががっくりと肩を落とした。
「あ、え? ちょっと! ごめん・・・」
思わずミンシアが動揺する。その様子を見て、シズリが小さく舌を出しながら顔を上げた。
「ごめんなさい! 冗談です!」
そう言い終わるのが早いか、ババっと深くお辞儀をして逃げ去るようにシズリは部屋を飛び出していった。
「あ、ちょ・・・シズリー! こらー!」
追いかけるように扉から顔を出したミンシアが、走り去る背中に向けて抗議の声を上げた。だが、その顔には少し嬉しそうなニヤニヤが止まらないミンシアの姿があった。
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