発症してから、ちょうど2年経つ頃、仕事復帰しました。今日は、復帰してからの4か月ほどの状況を記録したいと思います。
私の仕事は、とても騒がしい職場です。
毎日、100人近くの人の話し声や怒鳴り声、大声が飛び交う環境。。。
突発性難聴を患った人間にとっては、とてもつらい環境ではあります。
そのため、復帰にはかなり、慎重に準備を進めてきました。有休やフレックスタイムを利用したり、時差出勤などで、はじめの1か月は勤務時間も2.3時間から開始し、ゆっくりとフルタイムに移行しました。
柔軟に対応してもらえる有り難い職場だからこそ出来たことですが、この病気を経験したら、人との会話や電話応対、耳鳴りなど不安をたくさん抱えての状態となります。
病気を経て仕事に復帰する際には、上司や同僚など、周りの方の理解と協力は不可欠です。
無事に復帰したあと、4か月以上経ちましたが、やはりハードワークな日は、帰宅途中に目眩や耳鳴りがひどいなぁと感じることは今でもあります。
私の場合、目の疲れや頭痛が、そのサインとなるように思います。そんな日は、とにかく睡眠をしっかりとることを心がけています。
また、復帰してから感じたことは、
以前に比べてやはり、仕事のパフォーマンスは残念ながら多少なりとも落ちたなぁと感じています、、
集中力が以前ほどもたず、ケアレスミスをしてしまったり、電話の声が聞き取れなかったり。
そんな自分がはじめは受け入れられなくて、あんなに望んで復帰したはずなのに、以前と同じパフォーマンスが出来ていないことに落ち込んだり。
でも、後遺障害をもっている自分を受け入れたはずじゃないか!
今できることを、ゆっくりこなしていけばいい!
と、思っていたはずでしょ??
いろんな思いが頭の中を交叉して、悶々とする日もありました。
煩悩というか、人の欲というのは、つくづく深いものだなあと今なら笑えます。
目眩で目を開けていられない頃。
車椅子を手放せなかった時は、とにかく、歩けさえすれば、全く聞こえないままでも構わない!
と思っていたのに
いざ、歩けるようになると
やはり、もう少し聞こえるようになりたい!と笑
多少聞き取りも慣れてくれば、仕事復帰したい!
社会復帰したい!と笑
あれもこれも、以前と同じようにはいきませんでした。どれか一つ、二つ、あるいはそれ以上。
諦めるというか、折り合いをつけなければ。
今はそう思っています。
ただ、周りの目も変わってきます、残念ながら。
見た目には、障害があるなんて誰もわからない。
だから、病気をして、後遺障害があることは伝えている。
それでも、慣れてくるとお互い、そのことをつい忘れてしまうことがあります。
聞こえなくて何度か聞き返してしまった時、忙しいと、嫌な顔をされることもあります。
聞こえない右側から、早口で話しかけられることもあります。
少し前なら、その事だけにとらわれて必要以上に傷ついたりしていました。
でも、それって、裏を返せば、それだけ、私が回復したということだよね??
そう思えることも多くなってきました。
まがりなりにも、仕事があって、復帰も許されて、社会に貢献できる場を確保して貰えている。
多少の不自由はあるけれど、自分の足で行きたい場所へもいける。
工夫しながら、出来ないことは何とかこなせる。
人に甘えたり、助けて欲しいと口にすることも覚えました。
今は、コロナで大変な状況ですが、その中でも自分の好きなことと、仕事を両立させながら、毎日を楽しみたいと思っています。
補聴器については、この夏の暑さで汗がハンパなく、とうとう7.8月は一度もつけることなく過ごしました。
デジタル補聴器は水にとてもデリケートなので、故障したら高くつくからと笑
でもそのおかげで、これは、補聴器なしでも生活できるかも?と最近では思っています。
補聴器は、あくまで聞こえている音をより聞き取りやすくするためのものであり、聞こえない音域の音が聞こえるようになるわけではありません。
そのため、より集中して声を聞きとらなければならない場面、動画や音楽を1人で楽しみたい時など、シーンにあわせて使うという使い方に変わってきました。
夏は、セミの声が耳鳴りに響いてつらいなぁと思うことは多かったです。
そんな時に、携帯に取り込んだ音楽を聞いたりして気分転換をしていました。
以前はとても好きだった、吹奏楽のオーケストラの音楽は、体調によっては聞くのがつらいと感じる日もあります。
高音難聴のわたしは、やはり、高音をきくのがつらい、という症状は今後も変わらないようです。
また、日々の変化を今後も忘備録として、つづっていきたいと思います。
私の仕事は、とても騒がしい職場です。
毎日、100人近くの人の話し声や怒鳴り声、大声が飛び交う環境。。。
突発性難聴を患った人間にとっては、とてもつらい環境ではあります。
そのため、復帰にはかなり、慎重に準備を進めてきました。有休やフレックスタイムを利用したり、時差出勤などで、はじめの1か月は勤務時間も2.3時間から開始し、ゆっくりとフルタイムに移行しました。
柔軟に対応してもらえる有り難い職場だからこそ出来たことですが、この病気を経験したら、人との会話や電話応対、耳鳴りなど不安をたくさん抱えての状態となります。
病気を経て仕事に復帰する際には、上司や同僚など、周りの方の理解と協力は不可欠です。
無事に復帰したあと、4か月以上経ちましたが、やはりハードワークな日は、帰宅途中に目眩や耳鳴りがひどいなぁと感じることは今でもあります。
私の場合、目の疲れや頭痛が、そのサインとなるように思います。そんな日は、とにかく睡眠をしっかりとることを心がけています。
また、復帰してから感じたことは、
以前に比べてやはり、仕事のパフォーマンスは残念ながら多少なりとも落ちたなぁと感じています、、
集中力が以前ほどもたず、ケアレスミスをしてしまったり、電話の声が聞き取れなかったり。
そんな自分がはじめは受け入れられなくて、あんなに望んで復帰したはずなのに、以前と同じパフォーマンスが出来ていないことに落ち込んだり。
でも、後遺障害をもっている自分を受け入れたはずじゃないか!
今できることを、ゆっくりこなしていけばいい!
と、思っていたはずでしょ??
いろんな思いが頭の中を交叉して、悶々とする日もありました。
煩悩というか、人の欲というのは、つくづく深いものだなあと今なら笑えます。
目眩で目を開けていられない頃。
車椅子を手放せなかった時は、とにかく、歩けさえすれば、全く聞こえないままでも構わない!
と思っていたのに
いざ、歩けるようになると
やはり、もう少し聞こえるようになりたい!と笑
多少聞き取りも慣れてくれば、仕事復帰したい!
社会復帰したい!と笑
あれもこれも、以前と同じようにはいきませんでした。どれか一つ、二つ、あるいはそれ以上。
諦めるというか、折り合いをつけなければ。
今はそう思っています。
ただ、周りの目も変わってきます、残念ながら。
見た目には、障害があるなんて誰もわからない。
だから、病気をして、後遺障害があることは伝えている。
それでも、慣れてくるとお互い、そのことをつい忘れてしまうことがあります。
聞こえなくて何度か聞き返してしまった時、忙しいと、嫌な顔をされることもあります。
聞こえない右側から、早口で話しかけられることもあります。
少し前なら、その事だけにとらわれて必要以上に傷ついたりしていました。
でも、それって、裏を返せば、それだけ、私が回復したということだよね??
そう思えることも多くなってきました。
まがりなりにも、仕事があって、復帰も許されて、社会に貢献できる場を確保して貰えている。
多少の不自由はあるけれど、自分の足で行きたい場所へもいける。
工夫しながら、出来ないことは何とかこなせる。
人に甘えたり、助けて欲しいと口にすることも覚えました。
今は、コロナで大変な状況ですが、その中でも自分の好きなことと、仕事を両立させながら、毎日を楽しみたいと思っています。
補聴器については、この夏の暑さで汗がハンパなく、とうとう7.8月は一度もつけることなく過ごしました。
デジタル補聴器は水にとてもデリケートなので、故障したら高くつくからと笑
でもそのおかげで、これは、補聴器なしでも生活できるかも?と最近では思っています。
補聴器は、あくまで聞こえている音をより聞き取りやすくするためのものであり、聞こえない音域の音が聞こえるようになるわけではありません。
そのため、より集中して声を聞きとらなければならない場面、動画や音楽を1人で楽しみたい時など、シーンにあわせて使うという使い方に変わってきました。
夏は、セミの声が耳鳴りに響いてつらいなぁと思うことは多かったです。
そんな時に、携帯に取り込んだ音楽を聞いたりして気分転換をしていました。
以前はとても好きだった、吹奏楽のオーケストラの音楽は、体調によっては聞くのがつらいと感じる日もあります。
高音難聴のわたしは、やはり、高音をきくのがつらい、という症状は今後も変わらないようです。
また、日々の変化を今後も忘備録として、つづっていきたいと思います。