こんばんはおねがい今日も由希絵の『歴史の窓』へようこそ!

今日は今年の大河ドラマの主人公紫式部が書いた傑作長編小説「源氏物語」を忠実に表現している漫画「あさきひめみし」を読んだ感想について、思うがまま語り、少しでも「源氏物語」に興味を持ってもらえたらと思いますおねがい

あくまでも個人の感想や考察ですので、あらかじめご了承ください。

 

『源氏物語』はみなさんご存じのとおり、世界屈指の54帳からなる長編小説の世界的傑作文学で、紫式部により執筆されました。

 

なぜ紫式部がこの源氏物語を書くようになったのかはこれから大河ドラマでも描かれるので詳細は割愛しますが、前回でとりあげた藤原定子に集中していた一条天皇の寵愛を少しでも娘の藤原彰子に向けるため、(天皇の寵愛がなければ子供が生まれず、息子を産まなければ次の天皇に据えることができないため)一条天皇の足が彰子のもとへ向くように、藤原道長が、すでに源氏物語を書いて評判になっていた紫式部をスカウトして彰子の女房として仕えさせたと言われています。

物語が面白ければ、一条天皇も続きが気になり、毎日でも彰子のもとへ行きたくなりますよね。

 

ただ紫式部が彰子に仕えたのは定子が亡くなった後と言われています。よく紫式部が定子に仕えていた清少納言と仲が悪かったと言われていますが、清少納言は定子が亡くなった後宮中から出ていますので、実際には清少納言とは宮中では会っていなかったそうです。

それなのに紫式部が清少納言の悪口を言ってたりライバル視をしていたのは、性格や「枕草子」との作風の違いの他に、政治的な理由もあったようです。

 

源氏物語は帝の子、光源氏が主人公ですが、そのモデルとなったうちの一人が、彰子の父、藤原道長であるとも言われています。その他にも醍醐天皇など諸説があります。

 

物語の最初、桐壺帝は身分の低い桐壺の更衣を溺愛し、彼女に天皇の寵愛が集中しますラブ

その二人の間に生まれたのが、この物語の主人公である「光源氏」なのです。

しかし身分が低いにもかかわらず天皇からの寵愛を独占していた、桐壺の更衣は周りの妃達の嫉妬や嫌がらせに苦しめられ、元々体が弱かった桐壺の更衣はやがて病気になり、若くしてこの世を去ってしまうのですえーん

 

この最初の話から、私は前回語った「藤原定子」がもしかしたら桐壺の更衣のモデルではないかと感じました。桐壺の更衣と違って定子は身分は高かったのですが、天皇からの寵愛を独占し、妃達からのいやがらせではなかったのもの、道長やそのとりまきからの嫌がらせを受け続け、やがて若くしてこの世を去るという点が非常に似ていたからです。でも紫式部の立場としては道長の後援を受けていた以上、桐壺の更衣のモデルは対抗勢力の定子とは言えなかったかと思います。

桐壺帝は桐壺の更衣が亡くなった後も死ぬまで彼女を想い続けました。そこも一条天皇と非常に似通った状況です。

 

やがて桐壺帝は桐壺の更衣にそっくりと評判の美貌の「藤壺の宮」を妃に迎え入れ寵愛します。でも心の中では桐壺の更衣のことを忘れられていないんですね・・・しかも藤壺の宮もうすうすそのことに気づいていく・・・。とても複雑な心境です。

 

光源氏は母のいない寂しい生活の中で突然目の前に亡き母によく似た美貌の継母が現れ、しかも母子というよりも年齢的に姉と弟のように仲良く過ごして成長していくうちに、どんどん異性として彼女を意識して生涯忘れられない理想の人となっていきます。それが後の悲劇につながり、藤壺の宮だけでなく様々な身近な女性達を苦しめることになるのですが・・・光源氏の女性遍歴はかなわぬ継母:藤壺の宮への思いがすべての出発点になっていきます。

 

結局光源氏は「すこしでも藤壺に縁のある人や似ている人」がいれば、すごい執念をもって手に入れようとします。そしてついには父親が寵愛している妃であり、継母の藤壺の宮と強引に道ならぬ関係を持ってしまうのですえーん(悪い男・・・)女性の立場としては、もう信じられない身勝手な男性ですよね・・・ムキーしかも更にまずいことに藤壺の宮が光源氏との不義の男子を産むことになり・・・もちろん夫の桐壺帝はそのことを知らないので、光源氏に生き写しの男子を自分の息子としてとてもかわいがりますショボーン藤壺の宮はずっと罪の意識にさいなまれつづけるのですえーん(そりゃそうでしょうよ・・・)光源氏も父親を裏切っていて、罪の意識はあるのですが、藤壺の宮への思いがまさり、藤壺の宮よりは苦しんでいないように感じます。

 

でも桐壺帝はきっと気づいていたんじゃないかな・・・自分の息子ではなく息子の子であることを・・・愛する息子の裏切りも・・・でも光源氏の晩年、きちんと因果応報にあうんですよね・・・光源氏も。藤壺の宮の面影を追い求めて、藤壺の姪であった女三の宮を妃に迎えましたが、その女三の宮は藤壺の宮とは似ても似つかぬほど幼く、しかも柏木との不義密通の末、薫という子を産み、光源氏はその子を自分の息子として抱き、育てざるをえなくなる・・・「あさきゆめみし」ではその時初めて父桐壺帝の苦悩と罪の大きさを実感することになることが描かれていました。

本当、言葉は悪いですけど「光源氏、因果応報!!沢山の女性達を哀しみ苦しませた天罰じゃ!!」と思いましたよ。本当にびっくりマーク紫式部は、因果応報をきちんと描いてくれてさすが!!と思いました。

世の女性たちもさぞやスキッとした思いだったことでしょうびっくりマーク

 

また次回も源氏物語について語りたいと思いますニコニコ

 

今日も記事をお読みいただき、ありがとうございましたハートまた次回、お逢いしましょうおねがい