9月13日、PM3:00
退院した。手術が終わった後はあっという間だった。
夜に手術して、その後は呼吸をするだけで大変だし、
点滴とか色々いっぱい管が繋がってるししで、翌昼までずっとベットで寝っ転がってた。
でもそっからは管が全部外れて、歩く練習もして、レントゲン撮って、異常ないからもう退院できるよ!なんて言われて早い早い。
お城へはすっごく行きたかった。
もう3週間も行けてない。
早く利家様に会いたい!!
手術前は純粋にそう思ってた。
でも今は会うのが怖い。
武士と音楽に行けなくなったあの日から…
なんで行けないの?
それは私の身体が治らないから。
なんで治らないの?一週間で治るるって言ったじゃん!
そんなの知らないよ。私自身の所為だ。
自分の所為で、イベントに行けないんだ。
家臣の皆は武将隊の思いを受け取ってるのに、私は行かないんだ。
自分は本当に家臣なのか?
家臣だよ。皆に頑張って欲しいと思ってる。
じゃあなんでzeppに居ないの。家臣じゃないんじゃん。
ーー頑張って欲しいなんて、ただの飾り言葉だったんでしょ
そう思っては怖くなった。
特に利家様に対しては…
毎回並んだし、手紙だって何回も書いた。
その度に頑張って!って、応援してます。だなんて伝えてるから、それがもし全てタダのコトバだったとしたら…
過去の自分が信じられなくなって怖くなった。
すっごく会いたいのに、会うのが怖い。
いつものように並んで、順番が来た時、利家様はきっと「久しぶり」だとか「大丈夫?」だとか言ってくれるから余計に辛い。
そんなこんなで今日はセントレアへ行けず、ずっと家で過ごした。
病院ではYouTubeが見れたから、今日はずっと今までの武将隊のDVDを見てた。
お陰様で気付けました。
どんなに自分が不安定になろうとも、武将隊にはそんな事関係ないんだって。
だって過去の皆、とっても真剣で、まっすぐで、熱くって、我武者羅で!それは今でも変わらない。
きっと武士と音楽でもそうだったんだろう。
それを受け止められなかったのは悔しいけど、私が大好きな武将隊はずっと変わらない。
私が大好きな武将隊のままだから。
気付いたらなんだか不安に思ってた自分が馬鹿らしくなった。
過去は過去だ。過去の自分が本気だったかなんてそんなの関係なかった。
今、これからをどうしていくかだ。
ーー私は皆が大好きだから、ずっと応援する。
それが全てだ。
明日はお城へいって久しぶりだって喋って、武士と音楽に行けなかった事をごめんなさいしてしきます!
自覚しなくちゃいけないんだ。
私にとって、武将隊はかけがえのない大切な存在だけど、武将隊の皆にとって私は家臣の内の一人だから、私の代わりはこれからの皆の頑張りでいくらでも増えるんだ。
自分の確かな存在を武将隊の繋がりの中に確立させたいなら、私は今の家臣という立場に何が何でもしがみついてなくちゃいけない。
やっぱり色んな障害は降ってくる(家臣同士の抗争とかスタッフさんとの抗争とか)けど私が手放してさよならしてしまったら誰も引き止めてくれない。
それで終わりだから。
応援し続けるのも、終わりにするのも自分次第。
私は名古屋おもてなし武将隊の家臣団です!!!
終わり
長々と綴った結果。
勝手に不安になって、でも自己解決しちゃいました( ̄▽ ̄)
最後まで読んでくれた人いましたら、なんかお騒がせしましたm(_ _)m
これからもうさみんをよろしくお願いします!!
iPhoneからの投稿
9月4日、PM16:00過ぎ(曖昧)
8日の外泊許可が降りなかった。
次の日に手術が決まったから。
一番辛かった。ファンクラブイベントに行けなくなった。
行ってやるって、意気込んでた過去の自分にイラついた。
結局気胸は良くならなかった。
肺の穴は自然には塞がらなかった。
管は刺したまま2週間以上経つと感染病の危険が高まるらしく、それ以上は穴が自然と塞がるのを待てないらしい。
オペはここ最近予約がいっぱいらしく、先週の間でできるのは9日の月曜日だけだった。
先延ばしは感染病の事もあって先生も譲らなかったし、仕事もあまり休む訳にはいかない。
その日にお願いするしか選べなかったのに「わかりました」の一言を出すのに時間がかかった。
そんな出来事の直後に友達がお見舞いに来てくれた。
うまく元気におしゃべりできなかったけど、悲しみを我慢する絶好の機会だったのでしばらく昔話とか関係ないこと喋ってた。
友達が帰って、夕飯食べて、携帯を見る。
行ってやると呟いて、行けなくなって、呟かないのは後味悪くって…
悔しさいっぱい込めてTwitterに書き込めば、涙は止まらなくって…
お母さんが持ってきた利家様の小さなタオルが涙でビショビショになった。
クルーズも我慢した。
全員演武だって見たかった。
武士と音楽に行けるならと思ってた。
ちっとも良くならない身体に、手術をすれば直ぐに治る保障はいくらでもあった。
それでも女の子だし、まだ若いしって、手術しなくて済むのならと、自分を思ってくれてるお母さんや、おばあちゃんやおじいちゃんの思いも痛いほど理解できるから何も言えなかった。
こんな時、大人になった自分を恨めしく思う。
もっと幼くあったならば、誰かに愚痴をこぼし、わがままを言い、八つ当たりだってしただろう。
何も考えずに自分の思いをありのままに口に出せるのに、
誰に言ったところでどうにもならないと、相手が困るだけだと、
だから悔しさも悲しさも我慢するしかなかった。
もしこれが、普通の武将隊主催のイベントだったのなら、もしかしたらこの悔しさはクルーズの時のがちょっと大きくなっただけで済んだかもしれない。
悔しいのは、これが「ファンクラブイベント」だったこと。
つまり、武将隊の皆さんが自分達を高める・知らしめる為の戦場でなく、私達「家臣」の為に頑張ってくれているイベントだったから。
冬の「十福神」の時の感動が忘れられない。
家臣の為に頑張って練習してくれてたのに、私(家臣)はそれを見ないんだって…
悔しくなった。
ちっとも良くならない身体が憎らしかった。
5日で治る筈だった。
なんで治らないんだ。
なんで私は行けないんだ。
なんで、なんで、なんで…
そればかりが溢れた。
iPhoneからの投稿
8日の外泊許可が降りなかった。
次の日に手術が決まったから。
一番辛かった。ファンクラブイベントに行けなくなった。
行ってやるって、意気込んでた過去の自分にイラついた。
結局気胸は良くならなかった。
肺の穴は自然には塞がらなかった。
管は刺したまま2週間以上経つと感染病の危険が高まるらしく、それ以上は穴が自然と塞がるのを待てないらしい。
オペはここ最近予約がいっぱいらしく、先週の間でできるのは9日の月曜日だけだった。
先延ばしは感染病の事もあって先生も譲らなかったし、仕事もあまり休む訳にはいかない。
その日にお願いするしか選べなかったのに「わかりました」の一言を出すのに時間がかかった。
そんな出来事の直後に友達がお見舞いに来てくれた。
うまく元気におしゃべりできなかったけど、悲しみを我慢する絶好の機会だったのでしばらく昔話とか関係ないこと喋ってた。
友達が帰って、夕飯食べて、携帯を見る。
行ってやると呟いて、行けなくなって、呟かないのは後味悪くって…
悔しさいっぱい込めてTwitterに書き込めば、涙は止まらなくって…
お母さんが持ってきた利家様の小さなタオルが涙でビショビショになった。
クルーズも我慢した。
全員演武だって見たかった。
武士と音楽に行けるならと思ってた。
ちっとも良くならない身体に、手術をすれば直ぐに治る保障はいくらでもあった。
それでも女の子だし、まだ若いしって、手術しなくて済むのならと、自分を思ってくれてるお母さんや、おばあちゃんやおじいちゃんの思いも痛いほど理解できるから何も言えなかった。
こんな時、大人になった自分を恨めしく思う。
もっと幼くあったならば、誰かに愚痴をこぼし、わがままを言い、八つ当たりだってしただろう。
何も考えずに自分の思いをありのままに口に出せるのに、
誰に言ったところでどうにもならないと、相手が困るだけだと、
だから悔しさも悲しさも我慢するしかなかった。
もしこれが、普通の武将隊主催のイベントだったのなら、もしかしたらこの悔しさはクルーズの時のがちょっと大きくなっただけで済んだかもしれない。
悔しいのは、これが「ファンクラブイベント」だったこと。
つまり、武将隊の皆さんが自分達を高める・知らしめる為の戦場でなく、私達「家臣」の為に頑張ってくれているイベントだったから。
冬の「十福神」の時の感動が忘れられない。
家臣の為に頑張って練習してくれてたのに、私(家臣)はそれを見ないんだって…
悔しくなった。
ちっとも良くならない身体が憎らしかった。
5日で治る筈だった。
なんで治らないんだ。
なんで私は行けないんだ。
なんで、なんで、なんで…
そればかりが溢れた。
iPhoneからの投稿
9月1日、AM11:00
私はまだ病院にいた。
気胸とは、本来空気を取り出しながら肺の穴に関しては自然と塞がるものだそうで、個人差はあるものの大体一週間くらいで塞がり、空気を取り出す為の管も抜けて直ぐに退院できるような、そこまで大変な病気ではないそうだ。
事実、発症する人は多いし実際に従姉妹が経験してる。
私は今回初めての発症だし、まだ若いから5日もすれば治るだろうと思っていた。
実際は穴は塞がらず肺が膨らんだのは2枚目のレントゲンだけで、以降は回復が見られなかった。
寧ろ一回萎んだ。
空気を取り出す為の簡易的な装置は、大きめのバックのような形をしたものに変えられて、点滴用のコロコロがついた棒に固定されて行動していた。
その日は月に一度の全員演武の日。
それ以外にも予定がギッシリの一日だった。
全部パアになった。
ベットの上にいた。
楽しみにしてた。
だから、もう何も考えない用に必死に 暇を潰していた。
痛みはとうに消え去った。
胸から管が出ている以外は至って健康なからだ。
胸が痛むことも、呼吸が苦しくなることもなかった。
いっそ痛みがあったならば、少しは考えなくて済んだのにって理不尽な事を思ったりした。
iPhoneからの投稿
私はまだ病院にいた。
気胸とは、本来空気を取り出しながら肺の穴に関しては自然と塞がるものだそうで、個人差はあるものの大体一週間くらいで塞がり、空気を取り出す為の管も抜けて直ぐに退院できるような、そこまで大変な病気ではないそうだ。
事実、発症する人は多いし実際に従姉妹が経験してる。
私は今回初めての発症だし、まだ若いから5日もすれば治るだろうと思っていた。
実際は穴は塞がらず肺が膨らんだのは2枚目のレントゲンだけで、以降は回復が見られなかった。
寧ろ一回萎んだ。
空気を取り出す為の簡易的な装置は、大きめのバックのような形をしたものに変えられて、点滴用のコロコロがついた棒に固定されて行動していた。
その日は月に一度の全員演武の日。
それ以外にも予定がギッシリの一日だった。
全部パアになった。
ベットの上にいた。
楽しみにしてた。
だから、もう何も考えない用に必死に 暇を潰していた。
痛みはとうに消え去った。
胸から管が出ている以外は至って健康なからだ。
胸が痛むことも、呼吸が苦しくなることもなかった。
いっそ痛みがあったならば、少しは考えなくて済んだのにって理不尽な事を思ったりした。
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