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安住紳一郎アナ 好きです!


アナウンサーらしからぬとこが 面白い。


ほぼ タレント?という感じる事が 多々なのに 


スーツ姿で どこかに制限を感じながら話す姿にひかれるのだろうか・・。


不思議です。






アナウンサーといえば 昔 東京の会社(問屋)に勤めていた際


店内アナウンスをしていました。


電話交換のかたわら シフトで入りました。


一番の緊張が 朝の開店時の挨拶。


「おはようございます・ただ今開店いたしました。
 本日もご来店いただきまして誠にありがとうございます」 


電話交換も声を発する仕事ゆえ 各自 発生練習を求められていました。


サーバー室で機械がびっしりな部屋で あえいうえおあお・・・


面倒だと思いながら やはり声だしした後は 発声がスムーズなんです。


体調を崩し 移動してついた部署なだけに戸惑いがありましたが


結局 辞めるまでの5年位その職場にいました。


10人弱の職場でしたが 最後の2年近くはチーフをまかされ それはしんどかった・・。


人数によって シフトを細かく組みなおさないといけず 日々電話を300本以上取りながら


アナウンスをし チーフの雑務におわれ 部下のミスのクレームを一手に引き受け


最後は私 追い詰められてるの?・・と普通じゃいられない感じがしたくらい・・。


私 サブは向いてると思うけど トップはダメだ・・とよく思いました。


同期の子が私より随分まえから その職場にいて その子がトップになるはずが


自分は出来ないと 私におはちが回ってきて 驚いたのなんの・・。


ちかじか 円満退社する予定があり それまででもいいなら・・


と軽くひきうけたものの 円満退社の予定が崩れたのが 予定外!(笑)~。


アナウンスでは 催しもの案内もよくしました。


一時は 一番安定感があると評判も上々だった時期もありますが


辞める前は 精神的に追い詰められていて


マイクに向かうのも怖いときがあった記憶がよみがえります。



(一番苦手だったのは 英文アナウンス。 きちゃったよー!と渋々でした。)



大変だったけど やりきって燃え尽きたのでよしとします。


25歳の冬 東京を後にした思い出でした。   


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