おはようございます

…いきなり寒いんですけど~

風邪ひいちゃいそう

てな訳で?本題。
時間=価値
…だと思うんです。
例えば芸能人。
視聴率を取れる人ってのは、テレビの前の視聴者がその人に対して価値を感じる=時間を使うってことだと思う。
みんなに平等に進んでいく時間。
時間を使うってことは、それに価値を感じているから。
価値のないことに時間を使うのはもったいない。
で、同じ空間にいるだけじゃ、時間を共有したことにならなくて、
一緒に笑ったりドキドキしたり耐えたり頑張ったり…
同じことや同じ相手に、同じような感情を抱くこと。
そういう時間があって初めて『時間を共有した』ってことになるんじゃないかな


手軽に時間を共有できるのが映画館

一緒に同じものを観て、感動したりわくわくしたり悲しくなったり…
もっと色んな時間を共有できるのが遊園地


一緒にドキドキしたり怖がったりほっとしたり感激したり…
最初のデートに選ばれがちなスポットは、ちゃんと時間の共有のツールが揃ってるんだな~

会社の人間関係の場合

わざわざ映画を観にいったり遊園地に遊びにいったりはしないので

ひとつの目標を達成するためにチームみんなで頑張ったあとなんかは一気に仲良くなったりする

逆にそこでひとり非協力的な態度の人がいたりすると、一気に嫌いになったり。
トラブルをみんなで乗り切った

とか、みんなの協力でなんとか締切に間に合った

とか、
そういう経験があるとチームはまとまる。
逆に成果主義、個人主義でバラバラに動いていると、何年同じ部署にいたとしても、お互いのこと嫌いにもならなきゃ好きにもならない。無関心な関係から発展しない。
それでも休憩時間に話したり飲み会でバカ話して笑ったり

そういうところでちょっとずつ距離が縮むこともある

クレーム処理について来てくれた上司と、一緒に気まずい時間を過ごしたことで、ちょっと距離が近付いて気軽に相談ができるようになったりも

たまに、共有した時間の楽しさに騙されて好きだと思ってた相手が、離れてからよくよく考えたら人として嫌いなタイプだった

なんてこともありますが

ただ、同じ空間にいることで片方はわくわくしたりドキドキしたり、時間を共有していると思ってるのに、もう片方は何にも感じていない。とか、
共有した時間の楽しさに騙されたり。とか、
無理やり共有させられた時間(上司命令の飲み会とか)が苦痛でたまらなかった。とか、
使い方間違うと弊害も多いけど

自分が『価値がある』と思えない相手やことに時間をかけたくないのと同じように、
相手の時間の使い方にも『価値を感じてもらえる』ように気を配るとか、
でも半ば強制的に時間を共有してみたら、案外相手と仲良くなれることもあるので、
人間関係がうまくいかないと思ったら時間を共有する場面を頑張って作ってみたり、
せっかく時間を共有するのでたれば、少なくとも自分は価値を感じられるようにアンテナ張りまくってみるとか…
切り捨てる材料にだけじゃなくて、切り捨てない材料として『時間の価値』を意識してみるのもアリだと思う。