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『宇宙犬マチ』第9回をアップします。
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カッピー
『宇宙犬マチ』 第9回
Ⅵ 転換 ヒロキ
リゾートホテルに泊まり楽しい時を過ごした翌年、とんでもない事が起きた。自分が書いて出版した唯一の小説、戦時中の従軍看護婦であった母をテーマにしたものだったが、それを映画化しようという話が偶然の“縁”から降って湧いてきた。僕は大の映画好き、いやマニアといってもよいくらいだった。だからこそ、映画や音楽に関わるため、エンジニアを辞めて編集者兼ライターとなったのだ。まるで夢がいきなり眼の前に出現して、実現するかもしれない。大きなインパクトのある出来事だった。
そのためライターの営業をセーブし、映画化のためのスポンサー集め、協賛、後援者集め、脚本の確認など忙しくも喜びの日々を送るようになった。その頃、マチも十歳となり、数度の出来物の手術から生還し、食欲もあり、元気に過ごしていた。ハッピーがいないのにも慣れてきて、マイペースで過ごすようになっていた。
映画化の話が出た年にも、あのリゾートホテルに再度行った。勝手がわかったせいもあるかもしれないが、よりリラックスできた三日間を過ごすことができ、リサもマチも前回よりさらに満足できた旅となった。もちろん僕にとっても――。
旅から帰って来て残暑も終わりかけた時、マチに変化を感じるようになった。とにかく、日中寝ていることが多くなった。犬は一日十六時間も寝るという話を聞いたことはあるが、以前から比べると日中起きている時間が極端に少なくなり、起きている時でも、ウトウトしていることが多いのが気になった。歳をとったから? とは思うものの、あまりに眠そうにしているので心配になってきた。なんとなく表情にも覇気が感じられず、以前のようにおもちゃで遊ぶことも、おやつをねだることも少なくなってきた。
「マチ、いつも眠そうだね。具合が悪いんじゃない? 大丈夫?」と話しかけていると、その時は元気にふるまって、いつものようにウニャウニャと喋ってくる。まるで僕の言葉がわかるかのように……。何か重大な悩みがあるような気がしてならなかった。
そして、ある夜、不思議なことが起こった(気がする)。たまたま夜中に目が覚めてしまい、トイレに行く途中でリビングを覗いてみたら、消したはずのパソコンが輝いていて、画面が目にも止まらないほどの速さで変化をしている。そして、パソコンの前にいたのは、マチであった。暗闇の中で、マチがこちらを向き、目から光が放たれた。急速に眠気が襲ってきて、フラフラと寝室に行きベッドに潜り込み、意識を失ったように眠りについた。
何か延々と同じような夢を観ていたようで、朝六時半にいつものように目覚めたら、なんとなく軽い頭痛がした。あたりはあまりに静かだ。いや静かすぎる感じがした。その中で、マチのクークーという寝息が聞こえてきた。ベッドから静かに起き上がると、足元にある犬用の二つのベッドの一つにマチがヘソ天になり、しかも赤い舌をチロッと出したまま気持ちよさそうに寝ていた。
深夜にとんでもないものを見た気がした。マチが頭から細い触手のようなものを出し、パソコンを操作して、何かを調べている。まさか……それは現実か夢か判別がつかない。「マチ」と小声で呼んでみる。彼は少しだけ片目を開けたが、また寝息を立て始め、しまいには、いびきに変わった。
きっと夢を見たに違いない。その後、慎重にリビングやパソコンを調べてみたが、何ひとつ変わったことはなかった。ちょっと昨夜は酒を飲み過ぎたのかもしれない。そう思うことにした。マチは、いつもおっとりしている大切な家族であった。
マチが、毎日眠そうにしていた時期は二カ月ほどであった。僕はあの夜以来、マチをよく観察するようになったが、この期間でどうも年老いた気がしてならない。そして、二カ月間は何かマチの表情がどんどん険しくなっていき、疲れているのが明らかだった。そして、何度となく夜中から朝方に、よくわからない早口のマチの喋り声がした気がした。彼は犬語をよく喋る犬だったが、何か異なっているようであった。それはすべて想像で、現実ではなかったのかもしれない。どうしてもマチの雰囲気が違っている気がしてならなかった。
ちょうどマチが我が家に来て、七年が経とうとしていた。ペット好きがよく使う“七回目のうちの子記念日”を迎える時が彼の疲労した感じのピークだった。
二〇十八年の十二月のもリサとマチが揃ってクリスマスを迎えることができた。クリスマス・イヴにはマチ用のケーキを用意して、賑やかな夜を過ごした。その時にはマチはスッキリした表情に変化していた。すごく嬉しそうにケーキに加え、チキンもおねだりをして、いきなり元気になっていた。
「何かいいことあったのかい、マチ?」と彼に聞いてみると、首を傾げて、ちぎれるほど短いシッポを振っていた。本当に嬉しいことがあったんだ、と思えるようなテンションだった。ちょうどその時、僕の小説の映画化がほぼ決定しかけていて、僕たちのテンションも上がっていて、幸せなクリスマスから年越となった(だが映画化は、世の中の大きなうねりに大きく影響され実現することはなかった……)。
十三 猶予 マチ
世界中にちらばった宇宙犬の仲間は、どんな生活をしたのだろう? 一度集まって、話を聞きたいものだな、などと考えてしまう。
でも、今回の結論をみんなが賛成してくれたのだから、きっと充実した暮らしをしていたのではないのかな? と、その時宇宙からメッセージが再び届いた。回答は意外なものだった。インドの仲間だけを宇宙に帰して、あとは全員地球に残り、危険性を回避する任務にあたること。その期限は三年。
その間に、様々な研究と調査を終えることも条件となっていた。研究の一番の目的は、我々の先に感情を取り戻す方法を見出すこと。それは必達ではないものの、もしそれを達成できれば破格の報酬と名誉を確約するという付帯条件もついていた。地球の価値も見出したんだ!
僕にとって喜びに満たされる内容のメッセージだった。
さっそく各国にいる仲間に宇宙司令から来た回答を伝える準備をした。そのメッセージは簡単だった。危険性を回避し研究をするために三年の猶予が与えられた、と。
ただしインドの仲間には丁寧なメッセージを送り、ねぎらいの言葉と、追っての指示を待つようにと伝えた。
今度はインドから“すまない、ありがとう”という返信がすぐに来た。
その後、続々と仲間たちから喜びの声が集まってきた。三年――きっとすぐに経ってしまうだろう。これからが勝負となる。僕たち宇宙犬と、地球と人類、おとうさん、おかあさん、全てがハッピーエンドを迎えるために――。
この日から、僕たちは新たな使命を成功させるために邁進した。インドの仲間は去ったが、あと二十九人の仲間が残って、同じ意思の下で情報を交換し行動していった。今までは静かに情報を得て分析し、理論的に報告をまとめていくだけだったが、いまは違う。
地球を守るため、人の思考と行動を変革しなければならないのだ。どうやって実現させるか? 多くの仲間と同時に夜な夜なテレパシーで交信し合い、時にはテレポーテーションで移動し、視察をしたり、技術的な研究をしたり、とても忙しい日々が続いた。
しかしそんな中でも、僕はおとうさんたちのワンコであり、日中は楽しい日々を続け、ハードな一日になることも多かった。できるだけ昼は、休息を取ることにしていた。
幸い僕は犬の年齢としてシニアになりつつあり、それも許された。
ある時、いきなり疲労を感じた。それは一時のことだと思っていた。しかし少しずつ体力が落ちてきたことを実感するようになってきた。特にごはんを食べた後がよくない。
すぐにゴロッとして、眠くなってしまうんだ。暑さにも弱くなってきた。前なんか炎天下で歩いても、水を飲めばすぐにいつものように復活したのに、今はすぐにゼイゼイしてしまい、歩きたくなくなってしまう。
それがどうしてなのか、理解するまでに時間がかかった。世界中にいる仲間の大半も同じような状態になってきた。根本的な原因であった。それは犬の寿命。僕たちは犬に乗り移って、基本的には、犬の身体に宿り使っていた。地球上の犬の寿命は十五~二十年。僕が乗り移った小型犬のヨークシャーテリアで、これくらいの寿命だが、中・大型犬に乗り移った仲間はもっと早く老化が始まる。
この老化が、体調に問題を引き起こした原因なんだろう。僕の宿犬は、十二歳になる。ということは、あと三年経つと間違いなく老犬の域に入る。
果たして体力が持つのか? 地球を改革するまで……いきなり不安になってきた。宿犬が死んでしまうと、僕も消えるか、その前に抜け出して宇宙に還るかしなければならない。とにかく時間が長くなればなるほど、状況は厳しくなる。
早く、早く、急がなければ――。人間の危険因子を取り除くのだ。いきなり焦りが出てきた。 とにかく仲間にこのことを理解してもらい、協力して事を一刻も早く進めなければならない。元気で動ける時間は意外と短いんだ!
(以降、1月14日掲載予定の第10回に続く)