『宇宙犬マチ』 第7回! | ハッピーなマチ日記+セイ

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元気すぎるヨークシャーテリアの兄弟の日々を綴ったブログでしたが、ハッピーもマチも虹の橋に旅立ちました。そしてセイくんが我が家にやって来ました!

こんにちは!

『宇宙犬マチ』第7回をアップします。

今回も、よろしくお願いします!

カッピー

 

『宇宙犬マチ』 第7回

 

十一 結論 マチ


おとうさんは、その後もゆっくりワインも飲み出した。僕はさらにちょっかいを出して、おやつをくれ! という意思を示し、三回に一回は何かをゲットしていた。以前は、人間の食べ物もいろいろともらっていたけど、どうも内臓の数値が悪くなりつつあるみたいで、いまはほとんどもらえない。
パン、ヨーグルト、チーズ……乳製品と呼ばれるものが大好きなのに――。
今夜は「特別だよ」と言ってくれ、チーズの一片をもらうことができた。なんてラッキーなんだろう! 

チーズにもカビが生えたものがあったりし、たくさんの種類があるらしい。カビなんてさすがにごめんだけどね。とにかく濃い味のものは犬にはよくないらしい。だから、犬用の主食やおやつも、ほとんど味がない。犬は味がわからない? そんなことはないんだけどな……。
犬の視覚もほとんど色が判別できないというのが、通説となっているみたいだけど、それも間違っている。ちゃんと色は見えている。僕が乗り移った個体のせいかもと思ったけど、世界中にいる宇宙犬の仲間も見えているというから間違いないだろうね。
人間はこんなに犬を愛し、仲間として、家族として、長く一緒に生活しているのに、本性はぜんぜん理解されていないみたい。もっと犬のことがわかれば、さらに絆は深まると思う。僕がおとうさんと話ができればいいのに……
もちろん嗅覚は、人間の何十倍もの性能がある。だから時々、不快な匂いに悩まされてしまうこともある。でもチーズの匂いと味は大好きだよ!

こんな風におとうさんにちょっかいを出していたら、時間が過ぎていく。おとうさんはいい具合に次のワインを三杯ほど飲み、相当いい気分になってきている。時間は十一時を回って、さすがにウトウトし始めた。
僕は先に寝室に移動して、床に横になる。そのまま寝たふりをして、考え事をする。今夜の最終作戦をどうする? 考えに集中していると、おとうさんも寝室に来て、僕の鼻に、顔をくっつけて、「マチ、おやすみ」と言って灯りを消した。
しばらくして寝息を確認してから、僕は起き上がり、リビングルームに移動して息を凝らす。五分もしないでいびきが聞こえてきた。それから慎重にパソコンに近づき、触手を伸ばして、今まで仲間から入手した地球の報告の総括と、今後の展望、そして地球をどうすべきかをレポートにした。
ものの十分たらずで、宇宙司令に向けた報告書のひとつをまとめた。
その後、調査の結果、”””とみなされながらも、消されず保留となった星のデータを探り始めた。
出てきた事例は、今回の地球と近いものであった。総括すると、宇宙に悪影響を及ぼす星であることは間違いないものの、一部の生物と自然は貴重なものであり、保存すべきというものだった。三年間の猶予が与えられ、修正が施されたものの、最終的には消されてしまった……。
僕は落胆した。でももう少し詳細にこの事例を調べてみることにした。そうすると、調査員がその星の“悪”が宇宙に影響を及ぼさないように、星に残って監視を続けながら、良い方方向に向かうように方策を巡らせ、かなり改善したが、時間切れとなり、その調査員は星に残って、一緒に消えてしまったと記されていた。
僕は、落胆したが、ひとつのことに気が付いた。
それを実行した調査員が、星に残ったこと。そして彼が監視と報告を続けながら、修正を図ったこと。このことが結論を出した調査員の使命なのだろう。
さらに考え、決断をしなければならないことが判明しただけだった。
でも、もう結論は決まっていた。
宇宙司令に報告をする前の、世界中の仲間とのコンタクトも最後となる。
いよいよ僕の下した結論と思いを皆に伝える時が来た――。
仲間には遠くにいても何も使わずにテレパシーみたいなもので意識を瞬時に伝達できる。
簡単にこんな内容を宇宙司令にレポートしたいと知らせた。

① 地球は間違いなく宇宙全体に今後悪影響を及ぼす存在
② 人間の欲望と利己主義が全ての原因の源である
③ 我々を宇宙犬として迎えてくれた人間は全て善良な人たちだった
④ 人間の持つ感情、特に感動・愛情・悲しみというものは、すでに我々が失った貴重なものである
⑤ 地球には人間だけでなく、動物、植物、魚、鳥、虫、微生物といった膨大な生き物に溢れ、いまは共存している
⑥ 人間の豊かな感情の研究を行い、私たちの失ったものを研究し再び獲得できるようになることは有益と考える
⑦ 地球全体の生命体系を研究することは、今後宇宙の生命の進化に寄与する可能性が高い

以上を総括すると、人間の欲望をコントロールして争う気持ちを減退させることにより、諍いをなくし、地球環境と気候変動を改善して、⑥⑦の項目を研究をしばらく続けることは、かつてない有益な情報を得る大きなチャンスでもあり、チャレンジでもある。
これがまとめ上げた概要で、あとは膨大なデータ資料を添付する。

すぐに皆に伝達をする。世界各地にいる宇宙犬=調査員が瞬時にこの総括レポートを受け取ったはずだ。

僕は、しばらくひと息ついて反応を待つつもりであった。ところがすぐに返事が届き始めた。それは意外なほどのスピードだった。
次々とやってくる仲間からの返信。それは……
僕のレポートについての賛同の声だった。結局三十もの宇宙犬からの反応は一つとして否定はなく、一部意見があったりもしたが、肯定ばかりであった。これには驚いた。みんな同じ気持ちだったのだ。
同時に何とも言えない喜びの気持ちが沸き上がった。
これで地球もしばらくの猶予が与えられるかもしれない。
結果を知ったら、緊張の糸が切れ、眠気が襲ってきた。
宇宙司令への最終の報告期限までは、まだ時間がある。ついつい緊張が解けてウトウトしてしまい眠りに入ってしまう。今度も夢を観た――

ある星に派遣され調査を進める。そこでは僕はヒューマンの姿でマハという名前であった。知り合った女性。絶世の美女ではないが、愛嬌があり、心優しく、理知的な人。アモという名前だった。
彼女から様々なことを学び知識を得ていく。そんなことをやっているうちに、かつてない感情が芽生えた。心惹かれて、好きという感情を通り越し、<愛する>ようになってしまったのだ
こんな感情が僕にあったのか? そう思いながら調査を続けていたが、日に日にアモを想う気持ちが募っていった。そして調査を終える時が来た。
調査の最終結論は、この星を消すものになりそうだった。このままアモとこの星で過ごしたい。彼女は元気のない僕を気にして、「どうしたの? 最近塞ぎ込むことが多いみたい。元気もない。何か悩みがあったら、教えてちょうだい。私はあなたが大好きなのよ、マハ」と言ってくる。

胸の中が熱くなった。まったく始めての経験だった。僕の中で何かが弾け飛んで、変貌を遂げた。他人を想い、好きになり、愛することを知った。自分にそんな感情が残っていたなんて……。
しかし、もうどうすることもできない。この星は消される。アモだけを連れて逃げようか? そんなことさえ考えた。だが、すでに時間もなく、何の手立てもない。
そして最終の指令が来た。この星と生物を消し去る。僕は次の調査に向かう。生き続けて……

これが僕の永遠に与えられた使命と運命。
そう思うと、焼けるような切ない気持に襲われた。だが、どうしようもなく僕は彼女を残して星を離れた。
かつてない辛さと後悔の念を持ったが、次の探査星への任務に着いたらすっかり忘れてしまうだろう。
――それが、たった今フラッシュバックのように蘇った。
小さな球状の移動ポッドに乗り込み、一人で星を離れる。美しい青と白の星テラ。どんどん小さくなっていく。一センチほどの青い粒になった時、まばゆい光線が四方八方に無限に放たれた。そしてしばらくすると、その場所は空っぽになり、遅れて衝撃波が襲いかかったポッドの中でスクリーンを見続ける。最後にポッと一瞬だけ小さな点が輝き、やがて消えて、漆黒の暗闇が訪れた。始めからなにも存在していなかったように――
僕はアモの美しいブルーの瞳を思い出した。そして悲しみという感情を初めて経験した。眼から水滴が零れ落ちた。
宇宙の旅のためのスリープタイマーが効いてきて、真っ暗な闇がやってきた。

ビクッとして、目をゆっくりと開ける。
なぜ、このことを忘れていたのだろう。意図的に消されていた? なぜか突然思い出した過去の感情に驚きながらも、冷静さを取り戻し再び作業に戻ることにした。
僕から送ったメッセージの全ての仲間からの返信が来た。
一部の意見を取り入れわずかな修正をして、最終報告書を作り上げた。再度全員の仲間にそれを送り、了承を得た。これで準備はできた。あとは決められた時間に宇宙司令に最終メッセージとして送ればよい。
“ほっ”という声が思わず出た。その声が大きかったのか、寝ているおとうさんが“ううっ”という声を出しながら寝返りを打ったようだ。ビクッとしたが、そっと寝室を見てみると、再び寝息が聞こえてきた。
楽しい夢を観ているといいんだけど。そんな考えが頭の中に浮かんだ。
しばらく耳をそばだてていると、“マチ、おいで!”と嬉しそうに僕たちの名前を呼んでいる。ドッグランに行った時の夢でも観ているみたいだ。おとうさんとの楽しかった日々を僕も思い出し、記録を行った。大切なことを忘れたくなかった。記録を終えると、宇宙に向ける最終報告データを確認し、特殊な折りたたみ圧縮をかけて送り出した。
データは宇宙の歪みを利用して、地球時間で、三十分ほどで宇宙メトロポリスにある超次元ハイパーコンピューターに届く。そして宇宙司令の最高決定機関のメンバーの頭脳に送られて、ハイパーコンピューターのとの合議で決定が行われる。それもすぐに終了するはずで、二時間もすれば返答が来るはずだ。
報告書を送ったら、すっかり気が抜けてしまい、同時に本格的な眠気が襲ってきた。
低い音のイビキをかいているおとうさんのベッドによじ登り右の腕と身体の間に自分の身体をねじ込ませた。おとうさんの鼓動が聞こえる。静かなリズム。それと僕の心臓の音をシンクロさせてみる。こっそり僕の記憶の中にある楽しい思い出をおとうさんの頭の中に送ってみた。おとうさんの寝顔はゆっくり微笑む。僕はなんだか嬉しい気分になった。その時おとうさんの眼に一筋の涙が流れた――
それを見た瞬間、僕の視力も揺らいだ。なんか水みたいものが眼を通過して流れ出た。それは未だに何だったのかわからない。
仲間と共に作り上げ、宇宙に送り出した報告書が、地球にとって、いやおとうさんたちにとって少しでも良い方向の結果をもたらしくれることを願いつつ、おとうさんの左腕を枕にして少しだけ眠りに着いた。一時間ほどの眠りで、僕はすっきりした気分で目覚めた。
上目づかいでおとうさんの顔を見ると、嬉しそうな表情のまま小さな寝息をたてていた。
それを見て僕は安心して、スルリと腕をすり抜け、リビングにできるだけ音を立てずに移動した。
報告書を送ってすでに二時間半も経っている。まだ宇宙からの回答はない。
今までの経験からどんな星にいても、二時間以下で回答が帰ってくることが通常であった。
何か問題があったか、あるいは決定機関内で紛糾しているのか?

だんだん不安になってきた。
三時間が経った。気持ちが張り詰めてくる。
その時、僕の頭の中にメッセージが送られてきた。
メッセージを確認すると、僕の提案が可決されたことが示されていた。しかし注釈がついている。
『地球を存続するためには、悪影響を及ぼす要因を取り除く必要がある。そのため猶予期間は三年。そしていまいる調査員(宇宙犬)たちはそのまま残り、改善を図り逐次報告を入れる事。その間に地球自体の研究もまとめること。実現できない場合は、人と地球を消し去るしかない。そのため、地球のマントルに投入した破壊装置は、そのままにすること』というものだった。
三十もの仲間全員が残る――予想していない指令だった。もちろん自分はいい。しかし他の仲間を巻き込んでこれを強制できるのか? 全員に確認しなければ、僕の一存では決められない。
正直嬉しい結論だった。おとうさんたちが好きだし、地球の生命体を研究できることはとても価値のあることだと思えたから。何といっても、宇宙で失われた感性、感情を取り戻せる可能性があるのだ。
既に僕には感性が蘇ってきている気がする。この喜びも、好きだという感情も。本当に貴いものだ。そう考えると、さっそく行動に移るべきだろう。
仲間に一斉メッセージを送る。宇宙司令から来た結論を知らせ、しばらく地球に残ってもいいかを問うためだ。
仲間も結果を待っているはずだ。瞬時にメッセージは仲間に届く。そして……また静かな時が来た。返事を待つ時間は苦手だ。久しぶりに緊張した気持ちがやってくる。
仲間は地球に猶予が与えられたことには喜ぶだろう。だが、そのまま地球に残る点はどうだろう? 
個々の調査員の素性や境遇は知らない。頭の中の意識だけでやり取りをして繋がっているだけなのだ。だから、ファミリーがいるのかも知らない。
孤独な者が多いとは聞いたことはある……。自分もそうだ。ファミリーは全て事故で失った。その事は、調査員になってから思い出すことは一度もなかった。でもまた突然のフラッシュバックが起きた。瞬間移動での、移送事故であった。彼らが自宅からリゾート地に向かう装置に異常が起きたのだ。僕は少し遅れて出発する予定だった。妻と愛娘は目的地に再現されず、一瞬のうちに消え去ってしまった。未だにどこに行ってしまったのかわからない。なぜ、一緒に行動しなかったのか? 悔やんでも悔やみきれない状況だった。
いきなりのフラッシュバックに驚いて、パニック状態陥りそうになったその時に、最初の返信が来た。
アメリカにいる仲間、宇宙犬ラッキーである。
彼は僕たちの結論と提案が通ったことを喜び、そして地球に残り最善を尽くすことに同意してくれた。すぐに正気に戻り、感謝の意を返信した。
いきなり心が和らぎ、過去のトラウマから解放され、思考が現実に戻ってきた。また辛抱強く、返信を待つことにした。いまの僕には、それしかできないのだ。
続けて二人の仲間から返信が来た。彼らも喜び、了承してくれていた。
二人の返事に、安心と希望感と共に緊張感が増大していった。なぜならば、指令は全員が了承することを要求していた。
一人一人、順次返信が届いていた。その全てが僕の望んだ返答であった。一時間もの間で、残り二人となった。
祈るような気持ちで待つ。そしてまた一人の返信が来た。インドからだった。それは“了承”というものであった。一応二時間を期限として、回答を求めていた。あと十分。
僕は焦り始めた。僕のメッセージを受け取れていないのだろうか? そんなことはない、開封の通知はあった。もう少し待つしかないだろう。
何とか気持ちを落ち着かせるように努力をした。三時間が過ぎたが、返信はない。
こちらからコンタクトしようと思ったが、急かすようでなんとなく気が乗らない。もう少し待つことにする。
もし彼がNGだったら、どうしよう? 全員一致が条件。この対応を考えながら、モヤモヤが続く。その時最後のスペインの仲間から返信がきた。それは――。
僕の出した結論と方向性、そして宇宙司令からの返信については、賛成で喜ばしいことだが、自分は地球を離れたい、というものだった。
彼が悩んで出した結果らしい。彼には病気で体調がすぐれないファミリーがいるとのこと。少しでも早く看病をしたいので、自分だけはこの任務を終えて、調査員を辞して宇宙に戻りたい。わがままを許してほしい。という内容だった。
さあ、困った。彼の気持ちを考えると説得する気にもなれない。ひとまず考えても仕方がないと即座に決断し、この状況を宇宙司令に伝えて、判断を仰ぐことにした。
総員の意思をまとめて宇宙司令に送る。僕のメッセージはすぐに宇宙歪みを通って進んでいった。
また待ちの時間がやってきた。隣の寝室では、おとうさんの寝息がかすかに聞こえている。そのリズムが、気持ちを落ち着かせてくれた。心が軽くなり、待つ時間もさほど気にならなくなってきた。
おとうさんたちを守ることが僕の今の使命。そう強く思えるようになっていた。

(以降、1月5日掲載予定の第8回に続く)

 

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