ブログネタ:結婚願望強い?強かった? 参加中締切ギリギリ、滑り込みセーフのブログネタです。行きます!
結婚願望が強くないからこそ、いまだに独身な気がするけど…たとえ「妥協しないから悪い」「高望みするからいけない」などと決めつけられたりしても、まったくそんなことはないのですよ。いくら望んだところで、結婚は一人ではできない、異性が必要(最近では同性婚も認められつつありますが)…理想の相手を挙げるほど自分はすばらしい人間でもないし、妥協も何も誰も言い寄ってこないし、かといって自分からガツガツ行くほど惚れっぽくはないし…(あぁ、そうか、こういう消極的なところがダメなのか…でも、私の中の変わらない部分だからなぁ(/。\)。「利己的な遺伝子」だったっけ、遺伝子を未来につなげて残すために、子どもを作るという話…そういう本能みたいなものが、私にはないのかもなぁ…)
「女性が幸せになるには結婚するしかない」と思っていたなら、もっと若いときから積極的に、友人に「男紹介して~」と言いまくったり、合コンに参加したり、今でいう「婚活」とやらをして、「幸せにしてくれる」人を一生懸命探していたのだろう。でも、私は思わなかった。結婚は、人生における一つの通過点で、するときはするだろうし、しないかもしれない。してもしなくても、「幸せ」なんていうものは、個人の捉え方だと思っていたのだと思う。…とは言うものの、「幸せ」を感じながら暮らしてきたわけでもなくて。見目麗しければ享受できるはずの女性の特権ともまったく縁はなく、逆に、ある程度の年齢からは、女性だからこその不自由さを感じたり。…ただ一生懸命生きてきたら、この年齢まで独身でやってきていた、というのが一番的確な表現かなぁ。40過ぎてからは、母も「いい人おらんの?」とも「孫の顔を見たい」とも言わなくなった。諦めたのかな。夢を叶えてあげなくて悪いとも思うけど、母の人生ではなく、私の人生だからね。相手が必要なことだから、私一人ではどうしようもないのよ。
…ふいに思い出したのだけど、「女性にあまり学歴あっても結婚してもらわれへんから」と母が言ったのは、私が高校生のときだったかなぁ。男女雇用機会均等法が1986年施行みたいだから、そのあとなんだけど…母のころは、女性にとって仕事は結婚までの腰掛け的な感じだったと思うし、「結婚こそが女性の幸せ」だと信じて疑わない人も多かったのだろう。私は勉強は好きだったけど、経済的かつ学力的な問題で、国公立四年制大学の進学はムリだったのですが(短大まで行かせてもらえたことは感謝しております)…結婚とは関係なかったかもね。私は未婚で、私の友人(多くはない)の中で最初に結婚したのは、国公立四年制を卒業した女性でした。…あのときの母の言葉のように「自分より下の女性がいい」という男性はいまだにいるだろうけど、そんな男性に選ばれないからどうなんだ、という話で(私は優秀ではないけど…選ばれてないぞ(/。\))。世の中にはそういう男性ばかりではないはずだし…(「選ぶ」「選ばれる」とか、品物じゃないから、好きな表現ではないけど) 。
世界のどこかには私を好きだと言ってくれる物好きな人がいるかもしれない。恋愛スイッチがなかなか入らない私でも、「残りの人生を一緒に過ごしたい」という人と出会うかもしれない。「幸せにしてくれる」人ではなく、「一緒に幸せになりたい」人が、いつか現れたら…一人ではできない結婚を、するかもしれない。