今日は戦後81年 終戦の日
私の親族で戦争を知ってる親族はもういません
東京に実家のお墓がありますが
お盆は関西でご縁のあったお寺で
初めて「施餓鬼法要」をお願いしてきました。
来週、東京へお墓参りに行きます
旅ブログの連日の投稿です
長崎の旅、一番最初の訪問地は
原爆資料館
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当時の「生々しい」「生死の叫び」が聞こえてくる写真が、平和な現代の私たちに多くのことを訴えます
1845年9月8日 午前11時2分 で止まった時計
凄まじい熱線と炎のため溶けたロザリオ
東洋一の大きさと言われた「浦上天主堂」
原爆で破壊されました
わずかに残って聖堂の南側の側壁は
平和公園の中に移築され展示されていました
そしてこちらの写真は
本日、訪問する山王神社の鳥居です
この左半分が爆風で吹き飛び、現在は
右側半分のみで立っているのです
展示されている遺品や写真から、魂の叫びが聞こえてきます。
遺品には持ち主の物語が見えて
言葉になりません
広島原爆資料館は、朝から行列で外国人観光客も多く、館内も重なりあって見学にした記憶があります
長崎原爆資料館は、日本人が圧倒的に多く
たまたま遭遇したのは
「ひいばあちゃんが満州にいた頃」
とか
「じいじが、この時は、、」と
小学生くらいのお子さんに説明している場面
ご自身の家系がこの「原爆」を経験し
世代を超えて訪れている方たち
夫婦それぞれのペースで巡り
最終地点で待ち合わせました
夫は、修学旅行で広島も長崎も訪れているとのこと
当時、
『鮮烈な衝撃を受けた』と
はだしのゲンも読み、原爆の恐ろしさを多感な時期に感じたと
そして、大人になって訪問した広島の資料館はリニューアルされて表現の仕方が変わったようで
「自分の中の記憶とは違っていた」と
ここ長崎の原爆記念館は、
「あの当時の記憶に近い感覚を呼び起こされた」と話してくれました。
私は、どちらも人生で初めての訪問でした。
1時間半くらいは、館内いました。
(それでも見きれない、、)
平和祈念像
前日に
被爆81周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が執り行われたので、設営した会場の片付けをされていました
〜天を指した右手は原爆の脅威を
水平に伸ばした左手は平和を表現している〜
たくさんの犠牲のもとに今の平和の世の中はあるのを改め感じられる貴重な体験でした
こうやって、
ここに、存在できることが
ありがたいことです
この旅行で一枚も自分の写った写真は撮ってません
というか
子どもがいないと自分の写真って撮らないものです
夫婦二人の写真も、、
この広場で
めがね橋で食べれるという
「前田冷菓のちりんちりんアイス」の
ワゴンを発見!
気づいた時には行列
(前田冷菓さんのインスタより)
このバラの花のような盛り付けが映えるのです
その時は、そんな気分でもなくて
買わなかったのです
「めがね橋で食べればいいやー」と
でも、今回の旅で
な、なんと「めがね橋」行けなかったのです











