4月1日から自転車のルールが厳罰化されるとのこと
自転車の通勤の私は、
朝のワイドショーを見ながら、娘のことを
思ってました。
彼女、大学生になってから
人と自転車で、ぶつかっているのです
事後報告でした
バイト帰りの深夜近く、、
暗闇の中、
正面から走ってきた自転車がぶつかったそうです
幸い、大事に至らず
足の脛にペダルがあたり出血したようです
双方、ライトはついていた、
相手はおそらく「大学生」と思われる「男性」
かなりスピードを出していたようです。
大丈夫ですか?と
声かけられて
「大丈夫です」と言ってしまった。
顔も分からず通り去ってしまったと。
たいした怪我ではないしと、、
後日、娘と会った時に話しを、聞いた。
もしヒビが入っていたら後から痛くなることもあるから、名前と連絡先だけでも、、と私も思ったけど、
とっさに、動けたら
「大丈夫」と答えてしまうわよね、、
そんなこともあり、自転車保険はもちろん入っているけど、、母は、心配です
私が娘の自転車を乗ろうとしても足が届きません
股が裂けそうです。
背の高い娘の自転車は、私は、怖くてのれません。
そんな自転車に乗ってる娘に
スピード出し過ぎないように、
イヤホン絶対にしないように
言ってましたが、、
こんなのを、LINEに送っておいたのです
夜、娘から電話がありました。
時々、かかってきます
いつも、ウトウト、記憶がなくなる瞬間に
生理前のメンタル不安定な時だったみたいです。
「今日、友達と空き時間に映画を見たの。美波ちゃんの【ほどなく、お別れです】というの」
「すごく、良かったよ、泣いちゃった」
そんな話しから
「まま、絶対にしなないで〜」
「今、ままがいなくなったら、私生きていけない」と突然言われました
離れて暮らしているけと
ふと私を思い出すそうです
私は、娘の精神的支柱なんだ、、、
「大丈夫よーすごーく元気だから、、」
と明るく答えました
毎日忙しくで友達にも恵まれて充実した大学生活を送っていると
安心しきっていたけど、
「私の存在」が、支えになっているんだと胸が熱くなったのです。
そして、そのあとが衝撃でした
「私、おばあちゃんの(し)をまだ受け入れられてないの」と![]()
映画を見て、おばあちゃん(私の母)を思い出して
悲しくなったと言うのです
「東京のおばあちゃんの家に行ったら、今でも玄関から出てきて私を抱きしめて迎えてくれる気がするの」![]()
娘は1歳で関西に転勤で住んでいる。
毎年、東京へ帰省していた私。
夫の実家より、「東京の私の実家」へ。
子どもたちも、私の実家ではたくさんの思い出がある
とくに
「実家特有の匂い」の記憶、、
母から届く宅急便を開けると
「ばあちゃんの家の匂いがするー」と
息子も娘も
匂いをクンクンかいでいたな。
私も、その匂いに、確かに「実家の匂い」を
感じていました。
「もともと
離れて暮らしていたから、
今も、まだ生きている気がするの、、」
「もう、この世にいないという気がしない」
「今も会える気がする」
これなんですよね。
離れて暮らしていると
いない、、のが日常。
葬儀のあと、関西に戻り 通常の生活に戻り
その後の生活で娘から
おばあちゃんの思い出を
語ることが少なかったのは、彼女の中におばあちゃんの記憶が無くなった訳ではなかったのです。
娘の友人は、近くにおばあちゃんやおじいちゃんが住んでいるのが当たり前で、遊びにいくと各ご家庭の御祖父母様たちと一緒に食事をする団欒を経験させてもらいました。
いないのが当たり前の毎日で
ふと思い出して込み上げる気持ち
最近の私です。
ふと、母の言葉が浮かんできたり、して
新幹線に乗って、東京駅着いたら
会える気がするのです
この日、
娘と二人で
電話で泣きました〜
娘が高校1年の夏に
母が亡くなりました。
私は、母に
「〇〇(娘)は大学で東京に行くから、、その時は、絶対に東京に戻るから、待ってて!」
なんて、言ってたのです。
(指定校推薦で東京の大学進学ほぼ確定ポジションにいたので)
だってね、
3年くらいですぐ異動あるからと言われ幼い子ども二人連れて転勤について行ったのです。
会社の人事は、「ひとごと」と言われますが
なんで、異動がなかったのでしょう、
謎なんです。
娘が、急に
「指定校推薦ではなくて国立大学を一般受験したい」と言い出したのは、、
高校2年生になり母の一周忌前でした、、
私は、娘の進路もコントロールしていたのかなと
この時気がついたのです、、
そして、、
娘が自ら選んだ厳しい道のりを
やり抜いて
合格を手にした時に、、
何か 母のメッセージのようなものを受け取った気が、その時はしたのです
香りは「匂い」と違い記憶ではなく
癒しを与えてくれます♡

