長女誕生の日 | ハーフの赤ちゃん

長女誕生の日

                  

                              生まれて1時間後の娘

 

 

2004年9月4日、午後5時36分、長女が生まれた。 

前日は私たち夫婦の5年目の結婚記念日だった。38週目に入ったばかりでいつお産が始まってもおかしくない。近場で軽くランチでもしてお祝いしようということになり、結婚式のリハーサルで使ったレストランでランチをすることにした。冗談で、『今日はお父さんとお母さんの結婚記念日だからまだ生まれて来ちゃダメだよん。 明日になったらでてきていいからね~。』とお腹の赤ちゃんに二人で話し掛けていた。まさか本当に翌日に産まれてきてしまうとは・・。

9月4日は土曜日。夫は土曜日は仕事の日なのでいつも通り朝から仕事に行っていた。妻、7時起床。トイレ
に行くと何やら『おしるし』を発見。 通常、おしるしがでてからお産までは当日から1週間後と言われているので、あたかも今日はお産は始まらないだろうくらいな気持ちで、普通にシャワーを浴びた。シャワーから上がると、何だか生暖かいものが出ているような・・。 『こ、これはもしや、破水?』 慌てて生理用ナプキンをあててみた。 5分後確認すると既に濡れている。動揺するも夫に報告の電話を入れる。

妻: もしかして破水したかも。どうしよう。

 

夫: じゃあ、僕は婦人科の先生に電話しておくから、君は病院の方に連絡入れておいてよ。それで、5分か10分後にもう一度自宅に電話するから。

 

アメリカでは妊娠中は、クリニックのような小さな産婦人科のオフィスの先生に診てもらい、出産の時だけ大きな病院で分娩するのが普通だ。担当のノーマン先生はその日は非番の日だったが、休日ということもあり、特別に分娩にあたってくれるとのこと。約10ヶ月もの間ずっとお世話になったので、分娩は絶対にノーマン先生にやって欲しかったから本当に有難い限りだ。

病院に早速連絡をしてみた。

妻: 今38週目で、今朝起きたらおしるしがあって、その後シャワーを浴びたらどうも破水しているようなんですが・・・

ナース: どの程度破水してますか? ちなみに陣痛はありますか? 

妻: 今のところちょろちょろ程度です。 陣痛はまだ全然無いみたいで、本当に破水しているのかどうかもちょっと自信ないんですけど・・・。

ナース: 破水しているかどうかは病院に来てもらわないと調べられないから不安だったら今から病院の方に来られますか? 

妻: その後入院することになります? 

ナース: それは診断してみてからでないと今の時点では何とも言えないけど・・。

妻: それじゃ、夫に運転させてこれからそちらに向かいます。

ナース: まだ陣痛も始まってないみたいだから、焦らずにゆっくりこちらに来て下さいね。 

終始リラックスムードで親切、且つ適切に対応してくれたナースの心遣いがとても有難かった。 初めてのお産を迎えるかも・・と考えたら多少なりとも動揺していたが、予め用意しておいた入院バッグに残りの必要な物を詰め、これから始まるかもしれない大仕事に備えて腹ごしらえをすることにした。

20分程して夫が帰宅。 夫もこれから長丁場になる可能性があるので、気合を入れるために腹ごしらえをすることに・・。 午前9時半過ぎ頃病院へ向かう。 

午前10時、病院に到着。早速、破水しているかどうか調べてもらった。

ナース: あ~、破水していますね。子宮口も2cm開いているから今日中か今晩遅くに生まれますよ。 もう後戻りはできませんからね~。

なんと! いきなり今日生まれるのかっ?? 

その後、陣痛・分娩をするお部屋に移動することになった。 アメリカでは、陣痛と分娩は同じ部屋で行われるのが普通。ホテルのスイートのような広くてきれいな部屋だった。 部屋に移動すると、早速陣痛の山を測定する器械をお腹に取り付け、腕には痛々しくも点滴をつけられてしまった。妻は30年ちょっと生きてきて入院するのも点滴をするのも初めてなのだ。 病気な訳ではないのに、何故か気分は病人・・・。 しかも点滴の針が何気に痛い! 

この時点で、測定器によると陣痛の山がかなりの間隔で来ているのが分かったが、妻は全く痛みも圧迫感も感じず。 しばらく夫とおしゃべりをしていたが、だんだん暇になってきたので二人で持参した本を読むことに・・・。 30分ごとにナースが部屋にやってきてはどの程度の感覚で陣痛が来ているか確認していたが、妻は不感症なのか、陣痛の痛みを全く感じず。

この状態がこの後延々と5時間ほど続いた。途中お腹も普通に空いたのでナースに食事をしてもいいかと尋ねたが、食べると分娩の時に大変なことになるので、飲み物か飴程度にしておくように言われる。 普通、陣痛で苦しがってたら食事どころではないのだろうが、私はちっとも苦しんでいなかったのでいつもランチを食べる時間に空腹になってしまい、お水と飴だけでは正直つらいところだ。 それを見かねたナースが、内緒でゼリーをもらってきてくれた。

ナース: ゼリーならそれ程影響ないからこれで今は我慢してね。

なんと気のきいたナースなのか! 天使のような看護婦さんに感謝!(涙) 

午後3時頃になると、さすがにちょっとだけお腹が圧迫されてきた。それでもまだ本を読む余裕があるようで、この時間になっても未だ本を読んでいる余裕ぶりにナースは半ば呆れたように『オーマイガッー』と連呼していた。

ところが、3時半頃になって急激な痛みに襲われるようになった。廊下まで聞こえるほどのうめき声をもらしていたようだ。出産準備クラスで習った呼吸法のおかげで、最初の頃はだいぶいけていたが、陣痛の痛みで呼吸がコントロールができなくなってきた。 1時間くらい耐えたところで、元々予定していた無痛分娩をお願いすることにした。 この時、子宮口は4cm。 ナースによると、この分だと分娩は夜8時以降になるだろうとのこと。 

午後4時半頃、麻酔師なる医師が現る。
麻酔師といっても、私が想像していたような白衣を来た医者ではなく、黒のポロシャツにGパン姿で現れた少々毛深いその中年男性は、どっから見ても電機の修理に来たおじさん、にしか見えなかった。

それはさておき、通常、無痛分娩の麻酔は背中に太くて長い針を刺して行われる。注射嫌いの私が背中に針を刺すと考えただけでも背筋がぞっとしてしまうが、陣痛の激痛に比べたらなんてことない、針を刺した瞬間も全然記憶にないほどだった。 しばらくして麻酔が効いてきた!

妻:おお~、まさにヘブンっ!! 

無痛分娩、もう最高!!
麻酔が効いたところでナースが子宮口の開き具合を再度診察してみたところ、

ナース: あらっ! もう既に10cm開いてるわっ。 もう分娩に入れるわね。急いで担当の先生呼ばなきゃっ。

『えっ?』 一瞬耳を疑った。 午後3時半の時点では、4cmしか開いてなかったのにたった1時間そこらでもう10cmまで開いたってことか? 

予想外な展開からナースたちの動きが急にあわただしくなっていった。 どうやら私の担当医に連絡をしているようだ。非番な上、分娩は今晩遅くになるだろうというナースの連絡で油断していたらしく、ノーマン先生が病院に着くまで30分以上はかかるとのこと。 

麻酔が効いているので耐えられないような激痛はないものの、何か自分の力では止めることもコントロールすることもできないものすごい圧力が腹部にかかっているのが分かる。赤ちゃんが自分の力で下に降りてこようとしているのだ。 自然の力ってすごいっ! 

しかし、このままでは担当医が到着するまでに赤ちゃんが出てきてしまうのではないか? 不安に駆られながらもナースたちに指示されるままにいきんだり、止めたりを繰り返していた。 

午後5時15分頃、担当医のノーマン先生到着! この時点で既に赤ちゃんの頭が見えていた。 先生とナースの指示に従って一生懸命いきんでみるものの、今度は麻酔が災いして足に力が入らない。 自分ではいきんでいるつもりでもやはり押し出す力が弱すぎるのだ。そこで、ノーマン先生の秘密兵器、吸引器で一気に赤ちゃんの頭を引っ張ってみることに・・。 

その瞬間、『つるんっ』といった感触とともに、蚊の鳴くようなか弱い声ではあるが、確かに泣き声が聞こえたっ。
             

 

 

午後5時36分、2308gの小さな女の赤ちゃんが誕生!

 

 

あっと言う間の出来事な上、見事なくらいに安産で生まれてしまったので、一瞬何が起こったのかわからないくらい実感がなかった。 夫は大仕事を無事終えた妻へのねぎらいの言葉をかけるのも忘れ、生まれたての娘を覗き込むことに夢中になっていた。 

通常アメリカでは、臍の緒がついたまま母親の胸に抱かせるらしいが、娘は低体重児として生まれてきたため、体温の低下が懸念されすぐには抱かせてもらえず、体を洗って一通り測定が終わってから抱かせてもらった。 低体重児でうまれてきた割りにはしわひとつなく、しっかりした顔をしていたように思う。 

この子が私のお腹の中にいたのか・・・。 見れば見るほど、この小さな人間を自分が生んだということが信じられなかった。 

この後、1時間だけ検査と授乳の為に新生児室に連れて行かれたが、特に問題もないとのことで他の赤ちゃんたち同様、2日後の退院まで母子同室で過ごすことになった。 

入院してから出産まで約7時間半。予想以上の安産で自分でもびっくりしている。『案ずるより産むが易し』とはまさにこのことをいうのだろう。子供が無事生まれたことは何よりも嬉しいことだが、あまりにも実感が沸かな過ぎてこの日はまるで夢を見ているような感覚に陥っていた妻なのだった・・・。