先日、妻も子どもたちも出かけていて、一人きりの夜がありました。
「みんないないなら、たまには一人で実家にご飯を食べにおいで。」
そんな母から声を掛けてもらい、数年ぶりに夜の実家へ帰りました。
母とは定期的に会っているものの、実家に帰って夜ご飯をたべるのは本当に久しぶり。
最近は、同居している妹が食事を作るので、母も台所に立つ機会が少ないとのことだったけど・・
仕事を終えて、19時すぎに実家に帰ると、
「ほら、もうできてるから。手を洗って、先に食べてなさい。」と台所でニコニコと料理をしている母が迎えてくれました。。
テーブルには、私の大好物が大皿いっぱいに並んでいます。

我慢できずに撮影に前にすでに食べまくってます
「今日は弟も帰ってくるから、たくさん作ったのよ!」
そう言って嬉しそうに話す母。
「あっ、そうなんだ。弟も来るのか。」
思わず苦笑い。
でも、その料理の量を見て
きっと母の中では、今でも部活帰りでお腹を空かせた息子達のままなんだろうな・・・(笑)
それに「最近はあまり料理してないからね」と言っていた母ですが、「心配ご無用な様子」。包丁を持つ手も、フライパンを動かす手も迷いがありません。やっぱり何十年も家族のご飯を作ってきた人は違うな(笑)。
「今日はお母さん朝から張り切って、買い物も早くから1人で出かけてたよ。やっぱりオニ―(私)や弟が帰ってくるのは嬉しいんだね」と、妹。
「弟はまだかかるから、先に食べてなさい」
まだ、学生の頃、どんなに腹が減っていても、我が家は父の帰りを待つ家でした。
よっぽど遅くなる残業や、飲み会がない日は、19時~20時くらいに帰宅する父を待って、家族みんなで『いただきます』をする家庭でした。
だから母の「先に食べてなさい」という言葉に、少しだけ違和感を覚えたんです。
「あれ?うちは父を待つ家だったよな…。」
そんな昔の記憶が、一気によみがえってきました
「ごはんとかは後でいいよ!みんなで揃って、『いただきます』をしよう」
と、私は、持ち込んだ、お酒だけ、先にはじめさせてもらいました。
両親がいて、兄弟がいて。
それが当たり前だった食卓。
でも、その日、母と兄弟3人で食卓を囲んだ瞬間、
「この景色を見るのは、何十年ぶりだろう。」
そんなことを思いました。
母は、私やきょうだいにも、
「あれも食べなさい。」
「まだあるから、おかわりしなさい。」
「足りないなら、また作ればいいんだから、もっと食べなさい」
「私のも食べなさい」といいます。
この言葉達、子どもの頃と何も変わってない(笑)
ただ、本来なら、その席には父が座っていたはず。
父が元気だった頃、もっと「ただいま」と帰ってくればよかった。
そんな小さな後悔が、今でも心のどこかにあります。
親にとって子どもは、いくつになっても子どものまま。
帰ってきて、一緒にご飯を食べる。
それだけで十分幸せなんだと、母の笑顔が教えてくれました。
私も親になった今、家族みんながそろって食卓を囲める時間が、どれほど大切なのか分かるようになりました。
だから、たまには仕事のあと、実家の玄関を開けようと思います。
「ただいま。」
その一言が、母にとって何より嬉しい贈り物なのかもしれません。

ピクルスとかワサビ漬けとかホワイトアスパラとか小さい頃からよく食べてるシブい子供でした(笑)
相変わらず、母が作るごはんの味付けは独特です。
でも、それがいい。
それが、うまい。
何も変わってない。
おいしかったな、ごちそうさまでした。