一昨年の初冬、北海道4泊5日一人旅の道中、
函館での最大の目的地であるジャズ喫茶バップを訪問。
 
店主の松浦氏は職業カメラマンではないものの、現役時は来日ミュージシャン達の写真を各地で撮り続け、地元で個展を開くほどの熱の入りよう。話好きで、ミュージシャンとの邂逅やエピソードを2時間ほど語ってくれた。
 
支払を済ませ、そろそろおいとましようとドアノブに手をかけると、店主がわざわざ近くまで出迎えに来られた。
 
すると、別れ際にもかかわらず、「アマチュアのベース弾きのあなたが、好きなジャズベーシスト1人だけ挙げるとしたら誰ですか?」と吹っかけてきた。それまでの和やかな話ぶりとは変わって挑発してくるような物言いだった。(入店してコーヒーを注文してからしばらく沈黙の後、なぜここに来たのか?ジャズを聞き始めたきっかけは?などという質問に、自己紹介を兼ねてさらっとお話した一言を覚えていてくださったようだ)
 
敬愛するジャズベーシストは山ほどいるし、誰がベストかなんて考えたことすらなかったものの、咄嗟に、チャーリー・ヘイデンの名が口から出た。なにしろ、あの個性的でずしりと重い音、独特なベースラインは、どんなに練習しても、どれだけ理論を勉強しても、もしプロで経験を積んだとしても到底マネできるしろものではなさそうな気がするからだ。普段考えていることが無意識に反射的に口から出たのだ。
 
 
店に入ってからの2時間、話の中心はピアノやサックスで、ベースの話はほとんど出てこなかった。なのに、最後の最後で突如と核心に迫ってこられたので、かろうじて返しはしたものの、やっぱりスコットラファロやレイブラウンにしとけばよかったか?などと自分を疑い始め、ほんの一瞬戸惑った。
 
答えを修正する間もなく、マスターが私に抱きつくような勢いで距離を縮めてきた。
 
そして、「私もチャーリー・ヘイデンが1番好きです」と顔をくしゃくしゃにしながら、強く両手を握りしめてきた。背後で奥様とおぼしき女性が、「あの人は本当にいい人だったね」としみじみ語るのも聞こえた。
 
松浦氏は、若い時分、若さゆえの理屈からでは説明し難い衝動に駆られ、情熱を抑えきれず、稼ぎの大半をカメラと旅費とチケット代に注ぎ、数々のミュージシャンを撮影してきた。無謀とも思える行動は、家族の犠牲の上に成り立っていたと想像するに難くない。
 
当時もセッション中の撮影は御法度。そんな状況でも、警備員と仲良くなり楽屋のミュージシャンのところまで押しかけ了解を個別に取り付けたり、いろんなご苦労があったそうだ。聞けば、チャーリー・ヘイデンとも一ファンを超えた交流があったとのこと。
 
彼の写真がプロのカメラマンより魅力的に感じてしまうのは、ミュージシャンが奏でる音楽はもちろんのこと、知恵と工夫で演者と交流しながら、人柄や人間性を知ろうと、数々の努力を重ねたきたらからかもしれない。
 
奥様との馴れ初めは、下記のブログに記録がある。レコード店での出会いから半世紀以上を経たいまでも、経験と感情を共にしながら、さりげなく日常を過ごしているのもジーンと来た。
(ご年齢の割にすっとした背筋でキビキビしてお美しいなとも思ったので、もしかしたら奥様ではなく娘さんか親戚の方かもしれない)
 
函館はお寿司も美味しく、五稜郭も函館山も良かった。ただ、一番印象に残ったのは、ジャズというか音楽というか、共通の道楽を通じて出会った松浦氏のお話と力強い握手、でもなく、あのクシャクシャな笑顔であった。
 

改めてBOPの現況ことを調べていたら、2024年3月にご逝去されたことを知りました。ご冥福をお祈りします。

 

天国の松浦様へ、

 

其方(あの世)でもミュージシャンを追いかけ、シャッターを押す日々を楽しんでお過ごしでしょうか?

 

わずかな時間でしたが、名物マスターにお会いできたことは、楽しくもあり良き思い出です。ありがとうございました。

 

私も、あなたのように好きなことへの情熱を持ち続け、自分勝手と言われようがたまには度を過ぎたこともしつつ、一方で、人との共感も大切にし、そして、これがなにより難しいかもしれませんが、初対面の年下の者に対しても自然と敬語で接することができるよう、謙虚に歳を重ねて参ります。

 

合掌

 

 

葬送曲を捧げます(といっても、貼り付けるだけですが。)。

訃報を聞いて、すぐにこの曲を思い出しました。