fumihです。

小村雪岱(1887-1940)の企画展が埼玉県立近代美術館でやっています。
1月25日発売の芸術新潮が特集をやりますが、開催は2月14日まで。
http://www.momas.jp/3.htm

今回から解説が無くなります。悪しからず。
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【fumihメモ】

江戸の名残漂う画の世界。
明けゆく朝には眠る自然と静のみが存在し、夜の街には黄色の灯りと月が浮かんでいる。

一場面一場面、見る者を緊張させる新聞挿絵。
表紙、見返し、扉にまで贅を尽くした鏡花本。
細緻でありながら膨大にある舞台美術の原図。

・浮世絵よりもモダンで控えめな色形。
・全体を引き締める落款の在り方。
・遊女は実物以上に粋で繊細。
・着物と帯の色柄の見事なバランス。
・雪がこんこんと降っている様。
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【小村雪岱の声】

真実を表現するためには
一つひとつを実物と同様に作り上げるべきものでなく
ある点においては誇張し
ある点においては省略して
その嘘のなかに真実らしい姿を表現し
その気分をただよわすべきである。
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【fumihの声】

雪岱の画は、筆をどんどん走らせて描かれたように感じられますが「作画にはいつも苦労した」とのこと、そういう「作品」に溜息が漏れます。

改めて言う必要もありませんが、もう出てこないだろうな、娯楽の多すぎる現代で。
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【memo】
常設展に長谷川潔の「2つのアネモネ」を発見。
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fumihです。

フランク・キャプラ監督作品を続けて観ました。

・「我が家の楽園」
・「スミス都へ行く」
・「群衆」
・「素晴らしき哉、人生! 」

テーマは(きっと)、政治・メディア批判、悪に対する精神態度、その根底を支える友情、家族、恋人、かけがえのない一人一人の生について……。

キャプラの作品は「良きアメリカ時代のヒューマニズム」と呼ばれることが多いようですが、どうやら私はそれが好きなようです。伝えたいメッセージがとてもはっきりしていて、平明で。

伝えたいことがあって作るのが映画だとしたら、それはとてもかっこいい「手段」です。
どの場面、どの台詞が胸に響いた、というのではなくて、全体的に好きでした。

(公開年度は上から順に1938年、1939年、1941年、1946年。すべてモノクローム)。
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【フランク・キャプラとは】

フランク・キャプラ(1897.5.18ー1991.9.13)はアメリカ合衆国の映画監督。
上記「我が家の楽園」ほか、「或る夜の出来事」(1934) 「オペラハット」(1936)の3作品でアカデミー監督賞を受賞。
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【それぞれのストーリー:fumihの記録】 ※邦題と一緒に、原題も載せてみます。

「我が家の楽園 You can’t take it with you」
You can’t take it with you の「it」は察するところ、「お金」のこと。
物語の舞台になるのはちょっと変わった一家とその仲間が集まる広めのリビング。家の主(あるじ)は「ある日、務めていた会社で『大切な人生の中で自分は好きなことをやっていない』と気付いてそのまま辞めた」という老人。それに倣った家族は各自の好きなことに思うまま打ち込んでいる。たとえば、白い衣装を身に纏いバレエのステップで家中飛び跳ね回るエシー、そのエシーに教える強面・偏屈のロシア人(家族でないのにいつもこの家にいる)、エシーの夫はシロフォンでショパンを演奏し、その横には劇作家気取りでタイプライターを打ち続ける女、地下には特殊マスクや花火を制作している者も居る。一家の「楽園」はその土地を欲しいとする大工場の経営者から大金と引き替えに立ち退きを提案されるが、主は「いくら金(it)を儲けても、あの世には持っていけない」と説き伏せ、家族の楽園は続いていく。
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「スミス都へ行く Mr. Smith goes to Washington」
田舎で少年団のリーダーを務めるスミスは、ある政治家に目を掛けられ、上院議員の空席を埋めるためにワシントンに連れて行かれる。かねてからリンカーンの声明や合衆国憲法に傾倒していた彼は、経験が無いながらも汚職にまみれた行政に真っ向から立ち向かっていく。
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「群衆 Meet John Doe」
失業率の悪化で苦しむ人々を代弁した存在「John Doe」という仮名のヒーローが合衆国中を回り、「隣人愛によって人は救われる」と唱えていく。人々は賛同し、その勢力は国の90%を越えるほどのものになるが、政治やマスコミの策略によって「John Doe」は批難の対象となり、自殺にまで追い込まれてしまう。
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「素晴らしき哉、人生! It’s A Wonderful life !」
誠実で心優しい主人公ジョージ・ベイリィは、子供の頃から「この狭い街を離れ、もっと広い世界で働きたい」と願っていたが、父親の急逝により、住宅金融会社の跡取りとなる。時には市民のために自己犠牲を払いながらも家族を養ってきたが、手違いで大きな借金を抱え、何もかも嫌になってしまう。そこに翼のない「2級天使」が現れ、「もしもきみが生まれていなかったら」という世界にジョージを連れて行く。
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【fumihの声】

今回観た4作品には、すべて「ヒーロー」がいました。
それは不正に対しては「不正」と言い、正しいことに対しても「正しい」と言える大人です。

フランス映画でよく「C’est la vie」(それが人生だもの、諦めようよ)と登場人物たちが言っていて、そういうスタンスを好んできましたが、「我が家の楽園」や「素晴らしき哉、人生!」などを観ていると、こっちもちゃんと好きなんだな、と思いました。

でも、こういう映画をたとえ今作ったとしても、もっとずっと嘘っぽくなりそうだと思いました。非常に個人的な、感覚的な意見ですが。
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【オマケ】

テリー・ギリアム監督作品「Dr.パルナサスの鏡」2010年 ☆☆:fumih

「ブラザーズ・グリム」「12モンキーズ」「未来世紀ブラジル」のテリー・ギリアムの最新作で、ヒース・レジャーの遺作にもなった「Dr.パルナサスの鏡」を観てきました。ヒース・レジャー亡き後は、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルが、現実と鏡の世界を変幻自在に行き来する青年トニーを4人1役で演じ……なんていうことで話題になっている映画です。

紅一点のモデル、リリー・コールがわりと上手くて、やはりジョニー・デップは存在感が別格で、ということは言えますが、あとは言及する必要なし。
登場人物の誰に惹かれるということもなく、心に残る美しい場面があったというのでもなく、ストーリーはあってもなくても変わらないような内容で、「ちょっとCGを使って、色々作ってみました」という感じでした。

(※行ったのは試写会です。公開は1月23日(土)の予定)。
以上。
fumihです。

DVDを借りて、全13話、一気に観てしまいました。
「一気に」というのは昨夕から今までの18時間の間にということです。

1980年7月25日(金)~10月17日(金)に放送されていた向田邦子脚本のTBSドラマで、物語はこんなふうに始まります。

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「素顔の幸福はしみもあれば涙の痕もあります
 思いがけない片隅に、不幸のなかに転がっています
 
 屑ダイヤより小さいそれに気がついて
 掌にすくい上げることのできる人を、幸福というのかもしれません」
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こういうふうに「幸福(人の生)」というものについて一纏めに言われてしまうのは、好きではないのですが……。それでも全話を通して観た今は、ちょっとした充足感を覚えてしまったりしています。

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【向田邦子とは】

向田邦子(1929.11.28ー1981.8.22)はテレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。

「コンサートに出かけたり、絵を見に行ったりで、家に居ることは極めて稀であり、脚本催促の電話を何度入れても我々が耳にするのは「私、向田ですが……」で始まる留守電の声のみであった」とは浅生憲章さんの言葉。

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【fumihの声】

久世光彦さんの本を読んで向田さんのことが気になり、読み始めました。隙のない女の目線や的確な言葉選び、その人物を表す台詞の運び、生活様式がまざまざと思い浮かぶような描写、過ごした時代が分かる物の見方、いろんなものに惹きつけられて、貪るように読みました。そんなことを、久世さんを知るというある編集者の方にお話ししたら、

「久世さんを知ってから、向田さんを知る。……そういう世代だよね」

と言われました。向田さんは私が生まれる前に亡くなっています。1929年のお生まれですから、ご存命なら今頃は満80歳でしょうか。1960年代から飛行機事故のあった81年まで、ラジオのシナリオ、テレビドラマの脚本を書き続け、ご本人曰く「ちょっと小説のほうに浮気をしたら(直木賞を)受賞して。ラジオやテレビのシナリオは1000本以上書いたけれど、賞なんかもらわなかったわ」ということで、晩年にはものすごいスピードでエッセイ、小説を書かれていたようです。「ものすごいスピードで」というのは、向田さんがシナリオでない形で書かれたのは、亡くなるまでの5年くらいのことなのです。その割10冊以上の作品があり、また「追って小説になった元は脚本の作品」も多くあります。

今回の「幸福」は先に小説で読んであり、そのあとDVD(TVドラマ)を観ましたが、どちらが先に書かれたのかしら。
小説とドラマの違いは、小説では主人公が女ですが、ドラマでは男です。向田作品の場合は「男性、女性」というより「男、女」というほうがしっくりきます。ドラマでは男の妹(岸本加世子)が語りとなりますが、小説ではこの妹はほとんど出てきません。同じように小説には存在しない、男の兄が主人公の生き方をより分かりやすくするために、正反対の性格を持って出てきます(これがドラマの演出なんだろうな)。
いずれにせよ、どちらも向田さんが書いているのですから、安心です。
一場面一場面、ことの運びが丁寧です。廊下で立ち聞きをする妹の見せ方が違う。ごはんのよそり方、着付けの仕方、それぞれの登場人物の抱えている性、放送数回目までは嫌いだった人物の生き方さえ、中盤からはちょっといじらしく感じられて、「なるほどねぇ」と唸って、嵌ってしまったわけです。向田さんは映画の編集者を長くされていたから、画の作り方が少し映画っぽいのです。

配役も素晴らしく、「下手くそ!」とテレビ画面に向かって言いたくなるような大根役者は出てきません。特に竹脇無我(無口)、岸本加世子(兄好き)、笠智衆(ユーモア)、がお見事です。

テレビドラマってCMが無いと45分枠で、それが13回だと合計10時間(長い映画の3本分)くらいです。
その中であんなことがあり、こんなことがあり、涙あり笑いあり怒りあり嫉妬あり空しさあり情けなさあり明るいも暗いも勝ちも負けもプライドも人情もあって、起こっているのは些細なことばかりですが、そのぶん身近に感じられて、本当にその人たちがどこかに生きて暮らしているような気がしました。

それぞれの「幸福」の意味が、最終話、とてもしっとりと伝わってきました。

以上。
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今回から書き方を自由にしました。
(「fumih」の読みはご自由にどうぞ)。
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【オマケ】

成瀬巳喜男監督作品「稲妻」1952年 ☆☆☆:fumih

いま神保町シアターで高峰秀子特集をやっています。
一昨日、林芙美子原作・成瀬巳喜男監督の「稲妻」を観てきました。
無理のある演出が多く、今ひとつでした。1952年制作のせいか画質も悪くて。

「今ひとつ」と書いたのは、一つの判断材料として台詞でも画でも繊細な作りをする小津と比べたからだと思います。人間(登場人物)には嫌な性分、卑しいところもあって、当然です。そこに救いがあっても無くても、物語なのでいいのです。でもこの映画には、どうも人の胸の内に響いてくるものが足りませんでした。あまりに寂しすぎました。戦後の日本のことを考えると、充分あり得た設定かもしれませんし、それでいいのかもしれませんが、……うーん、好みでない。

「高峰秀子特集」は2009年12月19日~2010年2月5日まで。
今日は今頃、小津の「宗方姉妹」を上映中のはずです。
http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/
妹です。

2010年の幕開けに相応しく、早稲田松竹が不朽の名作を上映しています。
スタンリー・キューブリック監督作品の「2001年 宇宙の旅」。
(脚本は「幼年期の終わり」の作者、アーサー・チャールズ・クラークが共同執筆)。

日本の文部科学省が「特選」に指定している、唯一のSF映画。
1968年アカデミー賞特殊視覚効果賞、1969年ヒューゴー賞受賞。

2010年1月2日から1月8日(金)まで。
http://www.wasedashochiku.co.jp/lineup/nowshowing.html
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【スタンリー・キューブリックとは?】

スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick, 1928.7.26-1999.3.7)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州生まれの映画監督。
少年時代にカメラ、チェス、ジャズに興味を持ち、一時はジャズバンドのドラマーを目指していたが、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトの死を報じる一連の写真が雑誌「ルック」に売れ、カメラマンとして仕事を受けるようになる。「ルック」に載ったフォト・ストーリーを元に短編ドキュメンタリーを制作し、映画の道を歩み始める。

主な作品は「ロリータ」「博士の異常な愛情」「時計仕掛けのオレンジ」「フルメタル・ジャケット」など。「アイズ・ワイド・シャット」の完成後、公開を待たずに死去(享年70歳)。なお、死因は明らかになっていない。
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「2001年 宇宙の旅」★★★★(80点) 1968年4月アメリカで初公開

映画要旨
「400万年前の人類誕生以来、人類の進歩の過程で必ずその姿を現す謎の黒石版「モノリス」。この謎の物体を解明するため、科学者たちを載せたディスカバリー号が木星へと旅立つ。公開当時は賛否両論を呼んだものの、今や映画史上のベストテンに必ず入る、SF映画の不朽の名作。「ツァラトストラはかく語りき」の荘厳な響きとともに、多くの人によっていくたびも語られてきた「2001年宇宙の旅」が、今再び幕を開ける。映画ファンならば、観ておかなければいけない作品。そして、「映画を観る」ということの歓びを再確認させてくれる至福の148分。是非スクリーンで体験せよ」
(早稲田松竹ブローシャーより引用)。

スタンリー・キューブリックは「完全主義者」と呼ばれたように、科学考証を厳格に守る撮影を望み、製作には非常に時間が掛かった監督として知られている(本作には4年の歳月を費やした)。たとえば、宇宙船外のシーンでは(BGMを別にして)一切の効果音を排除し、聞こえるのは無線を通じた呼吸音やノイズのみに限定した。またカメラマン出身で撮影技術に長けていたため、SFX撮影スタッフと共に「フロントプロジェクション」や「スリットスキャン」といった新たな撮影方法を考案。
初公開の年の暮れ(1968年12月)、アポロ8号が史上初めて月の裏側を回って帰還したが、その時撮影された月面入れ込みの地球の写真が本作にそっくりで、改めて本作のクオリティの高さが示されたという。
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【妹の声】

銀幕に星が降ってきて、月と地球と太陽が一直線に並んで、シュトラウスの「ツァラトストラはかく語りき」が流れたとき、とんでもないものが始まる予感がしました。
真っ暗な宇宙の中に浮かぶ星や船体や宇宙飛行士が映るとき、その間の無音によって、自分も宇宙空間に放り出されたような気持ちになりました。瞠目すべき効果はいくつもありましたが、とにかく「映画館で観ること」をお勧めします。あんな閃光、あんな揺らめき、あんなモンタージュ、映画でなくてどこで見られるのでしょう。……こんなに贅沢な時間はなかなかありません。CGがなかった時代に作られていますが、この特撮が「キューブリックマジック」か、嘘っぽさが全くないのです。現実の延長線上にあるような、だけど決して見たことのない世界。最前列の中央の席で観たせいか、映画館が宇宙空間になったような気さえしました。素直に賞翫したい作品です。

そうそう、全篇を通してクラシックが流れていて、それもピッタリ!でした。それまで「未来的イメージ」の電子音楽などが用いられることが多かったSF映画で、オーケストラ音楽が主流となるきっかけになったそうです。また、映画冒頭部で出てくる「400万年前の猿人」たちは、俳優ではなくダンサーを起用したとのこと。「人形技師が作った着ぐるみの中に入るのは、お尻が小さくて身の軽い彼らが適材だった」というのには納得しました。
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【オマケ】

オマケで紹介するには気が引けますが、脚本で共同執筆しているクラークの「幼年期の終わり」1953年(光文社古典新訳文庫)は面白いです。SFにはあまり興味がありませんが、これは一気に読みました。

ストーリー
「地球上空に、突如として現れた巨大な宇宙船。オーヴァーロード(最高君主)と呼ばれる異星人は姿を見せることなく人類を統治し、平和で理想的な社会をもたらした。彼らの真の目的とは何か? 異星人との遭遇によって新たな道を歩み始める人類の姿を哲学的に描いた傑作SF」。

と本の裏表紙に書かれていますが、ただのフィクションではありません。そこには筆者による地球人に対する見解や暗示(「社会生活の衰退」)も随所に込められています。たとえばこんな一説。

「そして、文化は死んでしまいました。オーヴァーロードの出現以来、真に新しいと言えるものは何一つ生み出されていません。その理由は明らかです。戦って勝ち取るべきものが何一つ残されていないから、手軽な娯楽が多すぎるからです。ご存じですか。一日に五百時間分の番組がラジオやテレビから垂れ流されているとか。一切眠らずに一日二十四時間をそれだけに費やしたとしても、スイッチ一つで手に入る娯楽の二十分の一も視聴できないということですよ!」

この作品が、1953年以来加筆されていないということには驚かされます。
クラークは2008年に亡くなったそうですが、もう半世紀も前から、未来を見据えていたのですね。

またSFの良さは、たとえ合点がゆかない終わり方をされても、それこそが「未知のもの(SF)」として受け入れられ、そういう不思議な感情までもが後に残るところだと思います。この作品はなかなか綺麗にまとまっていましたが……うーん、再読したくなってきました。

以上。
妹です。

名画座・早稲田松竹が素敵な企画をやっています。
小津安二郎監督作品のリバイバル上映。

2本立てで、「麦秋」(1951年)と「秋日和」(1960年)という組み合わせ。
これで大人1名1300円!来週もう一度行きたいな。

2009年12月19日から12月25日(金)まで。
http://www.wasedashochiku.co.jp/lineup/schedule.html
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【小津安二郎とは?】

小津安二郎(おづ・やすじろう 1903.12.12-1963.12.12)は、日本の映画監督。東京深川の下町に生まれ、9歳の時に三重県松坂に転居。青年時代から映画に没頭し、学校の授業にはあまり出なかった。大学受験に失敗したのち、小学校の代用教員として赴任。その後、親類を頼りにして1923年に上京。松竹キネマに入社し、大久保忠素に師事。1927年「懺悔の刃」(小津作品で唯一の時代劇)で初監督を務めた。

生涯に監督した総作品数は54本(うち17本はフィルムが消失、現在ネガ(またはフィルム)が残っているのは37本。サイレント作品も多く、トーキーになったのは1936年の「一人息子」から。なおカラー作品は6本のみ。小津映画の歴史を知るということは、日本映画界の歴史を辿ることに繋がる。

代表作とされる「東京物語」(1953年)は、映画史、関係者に多大な影響を与え、オマージュ作品も多数ある。特筆すべきはヴィム・ヴェンダース監督(ドイツ)の「東京画」(1985年)。外国人の視点で「東京物語」から30年後の「東京」を写したドキュメンタリータッチの作品。監督自ら小津が眠る鎌倉を訪ね、小津作品でお馴染みの俳優・笠智衆にインタビューなどをしている。
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「麦秋」★★★★★(100点) 1951年(モノクロ作品)

ストーリー
「北鎌倉に住む間宮家では適齢期を過ぎた紀子の結婚が何よりの気がかり。両親や兄夫婦はあれこれ心配するが、本人はあまり乗り気ではない様子。家族の日常をユーモアを織り交ぜ淡淡と細やかに描き、小津の最高作とするファンも多い」(早稲田松竹ブローシャーより引用)。
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「秋日和」★★★★★(100点) 1960年(カラー作品)

ストーリー
「母と娘のふれあいが心に染みる小津安二郎監督晩年の傑作。美しい未亡人とその娘、亡き夫の友人たちの関係を通して人生の機微に触れる。小津作品では娘役として欠かせない存在であった原節子が母親役として成熟した美しさを見せる」(早稲田松竹ブローシャーより引用)。
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映画についてどこまで書いて良いのか、悩むところです。
特に小津は大切で、「言葉にすることは差し控えたい」「黙っていたい」と思ってきたので、書くこと自体迷っています。

(結局書きました)。
以下、長くなりましたが、特にまだ小津を観たことがないという方の参考になればいいなと思っています。
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【妹の声】小津作品のこんなところに魅せられる

「麦秋」 (ネタバレしないように、キーワードだけ書きます)。

始まりは海、打ち寄せる波、電車が走る、子供心、一面の麦畑、残り者同士の会話、ショートケーキ、近所付き合い、ふすまを空けて覗く、カナリヤに餌をやる……

小津作品では小道具の選び方や画面の構成が秀逸で、それぞれに見応えがあります。
「ローアングル(日本人が床に座ったときの視線)が巧みに使われ……」なんてことはよく言われていますが、セットも繰り返し使われている物が多く、たとえば「ルナ」というBARや、どこかにありそうな路地裏が作品を越えて出てきたりします。数本観れば、「あぁ、あそこの店ね」なんて、思うようになります。
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【妹の声】小津作品のこんなところに魅せられる 

「秋日和」

冒頭で、天まで抜けるような秋空と東京タワーが写り、お寺の階段には散歩途中の人が腰掛けています。静かで穏やかな、秋日和です。
「あの時は暑くて困った」と男が言うと、喪服の女性が微笑を浮かべ、頭を下げます。同じ部屋にいながら、男たちは喪服を着ていません。偲ばれる人が亡くなってから、数年経っていることが分かります。
「あの時は」「あそこに行ったときは」という些細な会話から、それぞれの人間関係が分かっていき、何一つ無駄なものはありません。それでいて説明的な部分は一切ありません。

部屋、廊下、机、茶碗、人がいない時でも物はそこに在り、時が流れていきます。
夫婦の会話、玄関での見送り方で分かる各家庭模様、和装した女性の身のこなしの綺麗なこと。
男たちが卑猥な話をしてもどこかに品があり、良いアクセントになります(コミカルなやりとりに、次はどうくるかと期待してしまいます)。

そうそう、こんなところも好きです。
「おじさま」が未亡人とその娘をそれぞれ鰻屋に連れて行きますが、2度とも鰻重の中身は写されません。「う」と看板が出ている店に入り、しばらくビールを飲んでいると御重が運ばれてくるので、観ている者はその先に広がるはずの湯気や香り、艶のある鰻、タレの染みたご飯を自分の記憶からイメージします。小津の映画を観ると、そこに見えない物まで実にリアルに、具体的に想像してしまうというようなことができるのです(もちろん小道具に限らず、人間関係、時代背景なども)。
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【妹の感想】ーいま小津を観るということー

妹(私)は、25歳です。この年代で小津に傾倒している方はそんなに多くないと思います。
私も学生時代、小津を初めて見たときは違和感を覚えました。

外出時には帽子を被り家に帰ると着物に着替える男性は、「サザエさん」の波平以外には見たことがなく、実写で見ると現実世界とあまりに離れている世界のように思えました。時代劇というのでもなく、ホームドラマにしては昔過ぎる。台詞回しも独特で、始めのうちは耳に付いたのも確かです。
また小津作品には同じ役者さんがほとんどの作品に違う名前や役で出てくるので、慣れるまでは大変でした。使われる役名も、子供なら「イサムちゃん」、娘なら「紀子」、友人なら「アヤちゃん」、男性なら「周吉」、というふうに同じ名前が頻出されるので、戸惑いました。たとえ大女優でも私にとっては昔の人、顔も名前も知らないことが多く、一々確認していました。

それでも何度も観たのは、小津の「言葉にしない声」、登場人物たちの「内に秘めた想い」に自分の人生を重ねてしまい、涙がこぼれてきたからでした。
折しも大学4年生だった2006年は「監督 小津安二郎 いつもと変わらぬ103年回目の夏」という企画があり、渋谷の映画館に吸い寄せられるかのように通いました。全21作品の上映のうち、16作品観ました。いつも銀幕の正面、最前列の真ん中に座っていました。

小津作品に出てくる登場人物たちには嫌らしさがありません。みんな自分の思いに実直です。
男には男の実直さ、 女には女の実直さ、 子供には子供の実直さ、父には父の、 母には母の、兄には兄の、 姉には姉の、それぞれの考えと思いがあり、皆自分の意志を一つ一つ確かめながら、生きています。そういう「ひとの在り方」には、たとえ時代が違っても、観る者を惹きつける力があります。

「宗方姉妹」(1950年)で姉の節子(田中絹代)が妹のマリ子にこんなことを言っていました。

「マリちゃん、『新しい』っていうのは、古くならないってことなのよ」

この台詞は強く心に残りました。

映画を観るときもそうですが、小説や絵画についても同じようなことが言えると思います。
こういう監督の作品ですから、映画館で観られる機会があるのなら、できるだけ行きたいと思っています。
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【オマケ】ーこの2本の共通項ー

小津は主に家族(夫婦、兄弟、姉妹、子供、幼児等)を題材にした作品を撮っていますが、その中でも今回の組み合わせをした早稲田松竹はおしゃれです。

「麦秋」と「秋日和」(ともに季節を思い起こさせるタイトル)、モノクロ(「麦秋」)と カラー(「秋日和」)、原節子が「娘役」 (「麦秋」) から「母親役」(「秋日和」)へ。そして少しネタバレになりますが、両作品とも母親のアップで終わるんですよね。

もう一つ蘊蓄を言うと、この2作品のポスターは、全く同じ構成なんです。
女優さんが和室に3人並んで座っているのですが、

・左:主人公で結婚していく娘(ワンピース)、
・中:娘の友人(ほぼ同柄のトップス)、
・右:娘の義姉、娘の母(和装)

機会がある方は見比べてみてください。
小津が「これが一番の表現」と思ったのでしょう。
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以上。
妹です。

久世さんの仕事の全貌が見られるのは、没後3年の今だからこそ。
(今後同じ規模の展示があるとは期待できません)。11月29日(日)まで。
また企画展の一部として、森重久彌展も同時開催。
http://www.setabun.or.jp/
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【久世光彦とは?】

久世光彦(くぜ・てるひこ 1935-2006)は、演出家、小説家、実業家、テレビプロデューサー。
6歳で漱石を読み、14歳のときには1年で映画を150~200本観たという(子供時代は転校を繰り返した)。2浪の後、東京大学文学部に入学、卒業後はTBSに入社。「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」(1970年代の国民的な人気番組)などを始め、テレビドラマの定石を次々と打ち破る斬新な演出で一時代を築いた。50歳を過ぎてから「忘れ物をしてきた」として、作家活動を開始。その後は演出家としての活動も続けながら精力的に小説、エッセイなどを執筆。その数は50を越える。2006年、70歳で急逝。

※森繁久彌の「遺言書」シリーズ( 森繁が語り、久世が書き取りをした)は「どちらかが死ぬまで続けよう」と連載を始め、4年ののち久世が急逝、そこで幕を閉じた。
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ー久世光彦展ー ★★★★(80点)

会場に入ってすぐのスライドタイトルは「写真館」。

戦時中に幼少時代を過ごし、「父が帰ってきているときだけ家族写真を撮った」という。「一年に数枚撮れることもあれば、あいだ二年撮れないこともあった」。
いつも「もうこれが最後かもしれない」と思いながら母だけが微笑を浮かべていた日々のこと、死を意識しながら生きた時代のことを静かに回想した文章、緊張感の漂う写真と音楽が来場者を迎える。

小学校時代に父に宛て書いた手紙から、中学校時代に離れて暮らす姉に送った成績表の写し、浪人時代の手帖(ランボーの言葉がメモされていた)、社会人一年目のノートまで展示。細かな字、蓄積された知識、選ばれた言葉から、その生(在り方)が伝わってくる。

ドラマの台本はもちろんのこと、晩年の小説やエッセイ、ゆかりある人物からの手紙など、久世光彦を知る上で欠かせない品が並べてある。ラストインタビューのビデオでは岸田劉生の「麗子像」について、「5歳児とは思えない強さ」と語り、番組ディレクターを叱咤しながら、煙草を繰り返し吸っていた。
上海に行くために新調していた「袖を通さなかったコート」「誕生日の靴」など、御家族から貸し出された遺品も公開。
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ー森重久彌展ー(同時開催)ー★★★(65点)

11月10日にお亡くなりになった森繁さんは、「第11回世田谷フィルムフェスティバル」の特集でもご紹介されていました。

「この度、ボクの古い映画を上映してくださるとのこと、少し照れくさいが、私の仲間だった久世光彦さんの展覧会も開催されると伺い大変うれしく、世田谷文学館には感謝申し上げたい。また先般は、マスコミで皆さんに多大なご心配をおかけしましたが、私自身はおだやかに秋をむかえております。森繁久彌」

という言葉とともに、書き込みがいっぱいされた台本、愛用のライターや文化勲章、当時の映画ポスターなども展示。(向田邦子から送られてきた「ままや」(妹の向田和子が開いた小料理屋)の知らせには「一ペン(いっぺん)行くこと」というメモが書かれていた)。また、本人から世田谷文学館に寄贈されたサイレントドラマ(通常時は非公開)が13インチのテレビで流れている。

(展示会場は狭いスペースだから星数(妹の付ける点数)は少ないが、なかなか充実した内容)。
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ー妹の感想ー

私にとっての久世光彦とは、テレビドラマの演出家というよりは、作家です。
久世さんの書く文章、対象がとても好きです。

私が彼について書くなら、下記の3行にします。
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久世光彦。心眼の持ち主。作家。
向田邦子のパートナー、森重久彌の「遺言書」を書き取ったひと。
高島野十郎の「蝋燭の光」についても解説。
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ーおまけー

久世さんの文章で、今回の展示にも繋がるような箇所を引用しておきます。
久世さんのことを想うとき、「心眼」という言葉を使いたくなります。

「父の庭のような、遠慮深く小花が咲く家に棲みたいと思いつづけてきたが、まだその望みを果たせないで居る。匂うほどの花でなく、通りがかりの人がふと覗き込んでみたくなるほどの華やいだ花でもなく、それでも垣根の隙間から風が吹き寄せてくれば、かすかに花びらが揺れ、雨に打たれれば辛そうに頭を垂れるような、ぼんやりと当たり障りのない花が群れ咲く朝の庭に立つのが、もうとっくに父が死んだ歳を越えてしまった、いまの私の願いである。長い年月を経て、人は生まれてきた日に戻ろうとすると誰かが言っていたが、私もそうなのだろうか。それとも、鏡を見る度に、父の残した数少ない写真に似てきた自分の顔に、私はいまさらのように不可思議な血の流れを見ているのだろうか。」

2001年「家の匂い 町の音」主婦の友社より

以上。


姉です。


先日、有楽町にある「相田みつを美術館」に足を運びました。


相田みつをといえば、「人間だもの」「幸せは いつも 自分の心が決める」「一生勉強、一生青春」などが有名ですよね。


日めくりカレンダーが作れるくらいなので(記憶するところによると、実家にもあったような)、作品点数も多いんだろうなぁ~と想像していましたが、なかなか見ごたえがありました。


個人的には、彼がろうけつ染めをやっていたのを知らなかったり、独特の書体は知っていたけれど、普通の書体を学んでいたことを知らなかったり。いろいろと新しい発見もあって、行ってよかったな~と思いました。


一番気に入ったのは、


『私は今日一日を大事に生きたろうか?』


ときどき「そうでもない」と思う日がありますが、今日は今日しかないので(当たり前)、大事に生きる。その積み重ねが人生なんだよなぁ。明日死んでも後悔しない生き方をしないと、、、と思わせてくれる言葉。朱色のろうけつ染めがきれいで、とても心に残りました。


この言葉のポストカードは販売していなかったので、2010年の卓上カレンダー を買いました(12月の言葉になっていました)。


これ、ポストカードにもなっていて、
このサイズのままだと80円切手を貼って郵送OK。
カレンダー部分を切り取れば50円切手を貼って郵送OK。


卓上カレンダーはアフェリエイトにありませんでしたが、このシリーズです。


相田みつを 2010年 カレンダー
¥1,680
Amazon.co.jp


<入館料>
入館料は大人800円となかなか立派なお値段。

HP を観たら。。。今更だけど割引券を発見。
お一人様100円引きになるようなのでこれから行く方は是非。


<場所>
東京国際フォーラムのB1に位置しています。
会場入口が大変分かりづらいので注意が必要です。
私は夫と一緒に地上から案内どおり階段を下りたのですが、
そのまま東京駅方面までだいぶ歩いてしまいました。。。

妹です。

タイトルに心躍られた方、お急ぎください。
11月7日(土)から11月13日(金)までの限定上映です。早稲田松竹にて。
http://www.wasedashochiku.co.jp/lineup/nowshowing.html
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映画「ミツバチのささやき」「エル・スール」ー★★★★★★★(130点)

ビクトル・エリセ監督作品(スペイン)。

漸く観賞、期待以上。久しぶりに「映画を観た」気がしました。
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BOWのオフィシャルサイト

・「ミツバチのささやき」
http://www.bowjapan.com/classics/detail.php?id=58

・「エル・スール」(「南へ」の意)。
http://www.bowjapan.com/classics/detail.php?id=63

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ー妹の感想ー

一場面一場面に射し込む光が、フェルメールの描いた「窓辺の照射」を彷彿させるかのようでした。
かつてジャー・ムッシュの「Stranger than paradise」が「まるで写真集を捲っているような」と称されましたが、「ミツバチのささやき」はまるで「画集(高尚な絵本)に音が付いているかのよう」でした。

「ミツバチのささやき」で特に好きだったシーン
・姉妹(アナとイサベラ)の衣装、二人が歩いているところ、隣り合うベッドで会話するところ
・ミツバチの巣の形をした窓(夜はロウソクの炎で黄色く見える)
・差し迫ってくるような線路、蒸気機関車の撮り方、周りの風景

「エル・スール」で特に好きだったシーン
・8歳のエストレリャが落ち葉の路を自転車で向こうに行き、帰ってくると15歳の時間に移り変わるところ(赤い自転車がまたかわいい、自転車の荷台に乗せた教科書もとても感じがいい)
・エストレリャの母親が赤い毛糸を巻いていくところ(エストレリャと口論になり一人部屋に残されたときに黙って巻いていくのですが、毛糸の動きだけで「女」の複雑な感情、在り方の何もかもが伝わってきました)。
などなど。

それにしても、とにかく子役がみんなすごい、はまり役。
「大人は判ってくれない」「白い馬」「赤い風船」(みんなフランス映画だな)でも思ったけれど、やっぱり撮り方(演技指導)がうまいんだろうなぁ。


この2本立てで1300円。
心からありがとう、早稲田松竹。
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ーおまけー

高田馬場駅から早稲田松竹に向かう途中で中古CD(レコード)屋さんに入りました。
昔働いていたジャズ喫茶で掛けていたBILL EVANSの名盤を見つけて、ご機嫌で購入、帰宅しました。
姉です。
割と写真が好きです。

どうせ撮るならステキに撮りたいのだけれど。
毎日一眼レフとか持ち歩くほどじゃないし。

だいたいペットも子どももいない人にとって、
日頃撮影したいものって、
美味しいものを食べたときの料理ぐらいだよなぁ。

と考えて、SONYのサイバーショットを使ってます。
SONYのサイバーショットには料理モードがあって。

購入当時はついでにデジタルフォトフレームも欲しかったので、
それならやっぱりSONYでしょ?

と思って買ったんですが、デジタルフォトフレームは買わずじまい。

こないだ、もつ鍋を撮影しようとして誤って通常モードで撮影した写真がこれ↓

両極姉妹の人生は上々ブログ

いけてない。

料理モードで撮影し直したのがこっち↓

両極姉妹の人生は上々ブログ

妹が言うところによると、
「料理モードのときは、オレンジの光が出ているよ」

そこ、撮影した写真に夢中で考えたことがなかったわ。

ちなみに私が利用しているのはこれ↓
色も赤です。

1010万画素、光学4倍ズーム、3.5型液晶搭載 SONY ソニー デジタルカメラ DSC-T700-R(レッド) Cyber-shot サイバーショット

¥26,500
PCBOX78Yahoo!店

妹です。

この前、姉とお互いの「朝の過ごし方」について話していました(いつものごとく電話で)。

妹(自宅勤務)
・7時起床。

始業時刻(9時)までの過ごし方
・朝食(トースト)、後片付け
・着替え、お化粧
・掃除、洗濯(週2~3回)
・音楽を聴く(読書することも)
・お茶を淹れる(煎茶、紅茶、コーヒーほか何でも)

とにかくゆっくり過ごします。
一方、

姉(電車通勤)
・8時~起床。

家を出るまでの過ごし方
・ヨーグルトドリンクを飲む
・シャワーを浴びる
・着替え、お化粧
ここまで30分くらい。

駅まで自転車でワープ(ホームまでの移動に15分くらい掛かるのかな)。
8時58分の電車に乗る。

らしい。
足して2で割れたら良かったのかな。。