毎日連載小説「2月14日の嘘」 第41話 〜ダメ男、叱る〜 | 木下半太オフィシャルブログ「どんなときも、ロマンチックに生きろ」Powered by Ameba

毎日連載小説「2月14日の嘘」 第41話 〜ダメ男、叱る〜

{5CBD90EC-9237-4B3D-B56C-07DA4908D350}
「は?」
  文庫本を持つ若者が、怪訝そうな顔で僕を見た。
「本は風呂を上がってから読めばどうだ?」
「は?」
「いや、は?じゃないだろ。公共の場で迷惑をかけるなと言ってるんだよ」
「別に迷惑なんかかけてないっすけど」
  若者が、さも当たり前かのような顔で言った。髪の毛を掴んで湯船に沈めてやりたい。
「みんな、ゆっくりと風呂に入りに来てるのに、君が本を読むことで不快になるながわからないのか」
  僕はなるべく冷静な口調で注意した。
「俺だけじゃないし。内風呂で雑誌を読んでる人もいたし」
「関係ない。今すぐやめろ」
「そうだ。いい加減にしろ。坊主」
  同じく湯船に入っていた強面の中年も注意した。
「すいません」
  若者があっさりと謝った。人によって態度をコロリと変えるのも腹が立つ。
「風呂で読むぐらい面白い本なのかよ」
  強面が訊いた。
「はい。仁村透って作家なんですけど、途中でやめられないんです」
  僕の本を読んでたのか?
  いい奴じゃないか。僕もあっさりと態度を変えた。
「知らねえな」
「最近、新刊を出してませんからね」
「どうせ、気楽な印税生活を送ってんだろ」
  僕は居た堪れなくなり、風呂を出た。あとで、若者にこっそりとコーヒー牛乳でも奢ろう。