毎日連載小説「2月14日の嘘」 第32話 〜ダメ男、移動する〜 | 木下半太オフィシャルブログ「どんなときも、ロマンチックに生きろ」Powered by Ameba

毎日連載小説「2月14日の嘘」 第32話 〜ダメ男、移動する〜

{B1AD8447-6214-4930-AB3B-FA715FE3AFB9}
  僕はお会計を済まし、亜紀と共にタクシーに乗り込んだ。
「この時間なら原宿より渋谷のほうがええんちゃう? よう知らんけど」
  平日の午後七時前だ。たしかにアイドルになりたい十代の女の子はそろそろ帰宅する時間だ。
「場所は任せる」
「じゃあ、渋谷のスクランブル交差点までお願いします」
  運転手に指示を出した亜紀が、後部座席にもたれる。
「わさわざカツラを被っていた理由を教えてくれ」
「カツラだけやないよ」
  亜紀が人差し指で自分の右目を指す。
「カラコンか?」
「イエス。ほんまは、黒目」
  どうりで、鮮やか過ぎる青い瞳だと思った。
  黒髪になった亜紀は、最初のハリウッドの白人女優の面影はない。これで黒目になれば、「美人だけどハーフかな?」という印象になるだろう。
「完全に変装だな」
「初めて会う人間に素の姿を見せるほどウチは自信家やないねん」
「大袈裟だろ」
  いやに真面目な横顔をしている亜紀に笑ってしまった。
「あんたらみたいに甘ちゃんの温い世界では生きてへんから」
「ちゃらんぽらんの梶谷とは真逆の人生ってわけか」
「アニキはウチが探偵ごっこでもしてると思ってるんちゃう?  まあ、家族に心配はかけたないから、仕事の詳しい内容は教えへんしね」
  小説家はフィクションを綴るのが仕事だ。ゆえに嘘が日常で、いやでも他人の嘘がわかる。
  亜紀は嘘やハッタリを言っていない。まだ、会ったばかりだが、相当の修羅場を潜り抜けていると感じた。