毎日連載小説『2月14日の嘘』第3話 | 木下半太オフィシャルブログ「どんなときも、ロマンチックに生きろ」Powered by Ameba

毎日連載小説『2月14日の嘘』第3話

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「どう? このガトーショコラ、本物でしょ?」
 女子大生が再びティラノサウルスの如く、ケーキを口に放り込む。
「うん。美味い。本物だね」
 ガトーショコラの本物と偽物の基準がわからないが、僕は頷いて見せた。女性の意見には首を傾げそうになってもとりあえず同意すること。正論はときに修羅場を招くと、五年前に妻と別れて学んだ。十四歳になる娘とは、週に一回会わせて貰えるが、最近、ふとした表情が妻に似てきており背筋が寒くなる。しかも、不幸なことに性格は僕に似てしまったので娘の将来が不安で小説を書いている場合ではない。去年のハロウィンにゾンビのコスプレで登校して、注意された生活指導の女教師を論破して泣かし、僕と妻は中学校に呼び出されて大目玉を食らった。
「先生、今日もウェスティンホテル?  アタシも泊まっていい?」
 スイーツにはしゃいでいた女子大生が次の瞬間、急に艶かしくなる。娘も五、六年後にこうなるかと思うと恐ろしい。
「もちろんいいよ」
「やったー! 買い物もしたいなあ。《UGG》の新作のブーツが可愛いの!」
「じゃあ、お茶が終わったら、渋谷に行くか」
「嬉しい。先生、大好き。ジミーチュウの財布も欲しいなあ」
「いいよ。ブーツのあとに買いに行こう」
「晩御飯はお寿司がいい! 海老いっぱい食べるの!」
「ああ。たらふく食べよう」
「先生、大好き! 大好き! 大好き!」
    大好きの大安売りだ。
 そのブーツと財布と海老を自分の口に詰めて窒息死でもしようか。