「なりすましの被害に遭ったので、犯人を突き止めたい」という相談もあります。

 

勝手に写真を使われ、偽物のアカウントを作られるのですから、感覚的には「アウト」だと考えるのは当然です。しかし、裁判所の判断は意外とシビアです。

 

なりすましは、アイデンティティ権、つまり人格の同一性の侵害にあたります。平たく言えば、「周囲から認識されている人物像を勝手に作り替えられることによる侵害」です。受忍限度を超える場合に、権利侵害になります。

ただし、アイデンティティ権は明確に確立された権利とまではいえず、この1本だけで裁判を起こすと、裁判官から名誉権やプライバシー権の主張を示唆されます。実務上は、名誉権侵害やプライバシー権侵害として構成したほうが通りやすいからです(肖像権侵害も場合によっては併せて主張しますが、肖像権もハードルは高めです)。

 

多くのなりすましは、名誉権やプライバシー権の侵害を伴うため、これらをメインに裁判を起こすことになります。

しかし、なりすましが名誉権やプライバシー権の侵害に該当しない場合は、慎重な検討が必要です。「この投稿やアカウントが自分だと思われると、なぜ受忍限度を超えて嫌なのか」を具体的に説明できなければなりません。単に「なりすまされていて嫌だ」「気持ち悪い」というだけでは、法的な権利侵害とは認められません。

 

例えば、キリスト教の信者が、なりすましによって「ユダヤ教を信仰している」かのような投稿をされる場合は、権利侵害と認められる可能性が高いでしょう。参政党の党員が、なりすましによって「自民党を応援している」ような投稿をされる場合も同様です。宗教や政治的な立場の人格のなりすましは、認められやすいと思います。

 

一方で、阪神ファンが、なりすましによって巨人ファンであるかのような投稿をされた場合はどうでしょうか。嫌いな芸能人を応援している投稿だった場合はどうでしょうか。これらは判断が分かれる可能性があります。

 

最終的には、相談者への聞き取りによって「受忍限度を超えて嫌な理由」を把握しなければ、裁判で勝てるかどうかの見通しは立ちません。

 

さらに、いつまでに手続を行う必要があるのか、開示請求の一般的な注意点やハードルについても考慮が必要ですが、これらは別の記事で(発信者情報開示命令の手続きは、早い方が良い理由  「慰謝料を請求できるか」の質問に対する回答)。