俺とジャンはモンター・ニュ・ドゥ・ラ・クール街近辺の商店で集まった青年会の一員で、その青年会の中でも十代の若者たちだけで時々集まっては、情報交換という無駄話を酒場で時々繰り広げていた。

メンバーは8人ほどなのだが、何回か呑みあっているうちに気心も知れてきた。

「今日はみんな集まってくれてありがとう」

「なんだよ、大人になった報告か。そんなことで呼び出すなよな」

ジャンから昨日のことを聞いたのだろう。ブノワ・ポールヴールドがニヤニヤしながら言う。

「まじめな話だ。今日は茶化すなよ。最後まで俺の話を聞け」

俺が真剣な顔をするとみんなはシーンとなった。しかし、直ぐ後に大爆笑。

「何がまじめな話だ。前もそう言って『チンチンの法則』とか言って、十代のときの角度、二十代のときの角度、三十代のときの角度と言う風に腕を使って説明したじゃないか」

これはシュミットさんの冗談をそのまま流用した話だ。牧師の家で育ったので、猥褻な話には逆に飢えているのかもしれない。

「まあ、それはそれだ。今日は本当にまじめな話なんだ……みんなで会社を作らないか」

大笑いが収まる頃にそう言うと、集まったみんなは顔を見合わせた。

「何、馬鹿言ってんだよ。暇はない、金はないと言う俺たちが会社なんか作れるわけないだろう」

「初めからあきらめたら何もできないぞ。確かに現状は金もなければ時間もない。でも知恵はあるんだ。何もないところからアイデアを出せば何とかなるかも知れないだろう」

ブノワの否定的な言葉に俺は反論した。

「と言うか、テオ、会社作るって何の会社を作るんだ。中身を訊いてから、できるかどうか考えてみようじゃないか」

一番年上、と言っても18歳だが、ノエル・ゴディンが落ち着いた声で言う。相変わらず渋い声だ。

「将来的には色々なことをやりたいんだが、今、会社を作ってやりたいことは、コンドームを作る会社だ」

いつもの様に、自分の部屋を出るとブリンク家のおかみさんに挨拶をし、朝食をいただく。昨日の夜に声をかけてきたのもこのおかみさんだ。

朝食が終われば直ぐに出勤だ。歩いて数分だから直ぐに着く。

テオドールの俺としてはいつもの見慣れた街の風景だが、岩崎俊としては新鮮な街の姿だ。

ヨーロッパは現代(平成)も、19世紀も、街の造りは大きく変わらない。それゆえ、瑞樹と一緒に見た、パリやアムステルダムの街とここはそう変わらない風景なのだが、歩いている人々が違う。山高帽を被っている人や、ひらひらの服を着ている婦人たちを見ると映画の中に入った様な感じになるのだ。馬車も走っているしね。

俺のおじさんが出資した『グーピル画廊』はモンター・ニュ・ドゥ・ラ・クール街58番地にある。

画廊に着くと「おはようございま~す」とフランス語で元気いっぱいの挨拶を俺はした。

「おや、※※※××今日は○○※※※昨日○○」

早口のフランス語でジャンが話しかけてくる。

俺はフランス語や英語、ドイツ語など多少は習ったし、今はなるべくフランス語で話そうとしているから少しは分かるが、早口で喋られるとまったく分からない。俺が(ハテナ)という顔をしているとジャンは、今度は普通の早さで話しかけてきた。もちろんオランダ語ではなくフランス語でだ。

「おや、どうしたのだい。やけに今日は元気がいいな。昨日何かあったか」

ニヤニヤしながらだ。

「分かっているだろう。シュミットさんと一緒に行ったんだから」

「それでちゃんと大人になったのかい」

「当たり前だろう」

昨日の場所は娼婦館だったのだ。

『グーピル画廊』の責任者、シュミットさんは俺のことを気に入ってくれて、昨日は「テオも大人にならないとなあ」と言い、娼婦館に連れて行ってくれたのだ。

16歳で娼婦館、岩崎俊が住んでいた日本では絶対駄目だろう。

あ、言い忘れたけど、俺、今16歳。

日本だったら高校一年生だが、ここではもう社会人の年齢なのだ。

俺の家では、兄は結構優遇されていて、学業も親が便宜を図っていた。しかし、元々貧乏家庭だから俺までそういうわけには行かず16歳で社会に出ざるを得なかった。

俺の親の職業は牧師。聖職者だから社会的地位は高いかもしれないが、給料はすずめの涙ほどだ。それでも、俺がブリュッセルに働きに来たときは何と80フランも仕送りをしてくれていたのだ。そのとき姉のアンナにも寄宿料を送っていたのだから、俺の親の家計は火の車だったろう。何しろ子供が6人もいるんだから、ん……いたのだから、豊かな暮らしは一生無理だった。

俺がジャンに強がった返事をしているときにシュミットさんが店に入って来た。

「テオ、昨日は何て言うか、まあ、あせるな」

シュミットさんはそう言うと奥の部屋に入って行った。

ジャンはシュミットさんの言葉を聞いてゲラゲラ笑っている。殺していいかな。

「ジャン、いい加減にその馬鹿笑いを止めろ。口に靴を突っ込むぞ。それより、今日、例のメンバーでいつものところに集合な。みんなに声をかけておけよ」

「なんだよ、テオ。青年会の定例会議は三日前に終わったじゃないか」

「特別なことがあるんだよ。お前は言われたことをやればいいんだ」

ジャンは『グーピル画廊』の社員ではない。近くの薬屋の店員だ。歳が俺と同じ16歳でジャンも今年から働き始めた新入社員だ。店が近くどうしなので、しょっちゅう冷やかしに『グービル画廊』に顔を出しに来る。




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自分の存在が100%理解できたし、岩崎俊という存在も100%理解できている。つまり俺の中に二人の存在(記憶)があるのだが、この世界ではテオドールの存在の方が主であると感じている。だからといって岩崎俊がいなくなるのではない。おかしな感じだ。

ただ、俺の頭の中には未来の自分の姿も、兄の未来も、この世界の未来も入っている。その通りの未来が訪れる可能性が100%とはいえないが、かぎりなく100%の様な気がする。

だって、俺の中にある平成の記憶は限りなくリアルに近い、というよりリアルそのものだ。それ故、この記憶は確実な未来世だと思ってしまう。

これから色々検証していけばその記憶の正邪がはっきりすると思う。どこかに日本人がいれば、日本語で話せばはっきりするだろう。しかし、ブリュッセルには日本人なんていない。パリに行けば日本人がいる可能性はあるが、今の俺の立場ではまだパリには行けない。

ただ、俺の記憶の通り歴史が進むのならいずれ俺はパリに行く。そのときにははっきりするだろう。

今、重要なのは、俺の記憶の検証より、俺の記憶の通り歴史は進むだろうと仮定して動くことだ。

それを考えれば、昨日のあの場面で岩崎俊がこの世界に来たのはばっちりのタイミングだった。

後一日遅れていたら俺の命に関わっていたのだから。

この世界がパラレルワールドなのか、過去世に転生したのか、未来世に行って来たのか、今の時点では分からないが、それは、おいおい分かっていくだろう。対策は分かった時点で考えればいいので、今は自分の未来と兄の未来の修正を考えていかなければならない。

何しろ、俺の兄はあのゴッホなのだから。

俺は、ゴッホのことはかなり勉強したが、その内容が正しければ俺の兄は最低のクソだ。俺に寄生する寄生虫と同じだ。

世界的な画家になったゴッホだから、ほとんどの人はゴッホに対し好意的に考え様とするが、冷静にゴッホを見れば、いかにあいつが最低な男だと気がつくはずだ。

あいつ(ゴッホ)は俺が見放したら世界的な画家になるどころか画家にさえなれないのだ。

だから腹は立つが、俺が兄の面倒をみて行くのは仕方がない。世界的な画家を消滅させるわけにはいかない。まあ腹は立つし、寄生虫だけど俺は兄が好きだしな。

何しろ、あの悲劇的なゴッホの自殺は何としても阻止しなければならないだろう。そして、なるべく兄の未来も変えない様にしなければならない。少しでも変化すると、世界的な画家になることもなくなるかも知れないからだ。だからといって、まったく歴史どおりに進ませたら最後に兄は自殺してしまうのだから、そこだけを修正するしかないだろう。

ブリュッセルの街は、あの有名な『ションベン小僧』がある街だ。他に有名なのはワッフルくらいだが、19世紀のワッフルの方がうまい。

俺が住んでいる場所はベルギーの首都、ブリュッセルのマルシェ・オ・ゼルブ通り沿いにあるアパートだ。

そのアパートの持ち主はファン・デル・ブリンク家で、俺はその家で下宿をしている。ちなみにブリンクさんも父と同じ牧師だ。

勤めている画廊はその下宿から数分のところにある。


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