「梨沙ちゃん、どこにいるの?」
小久保晴美は、もう目が見えてはいなかった。
「ここにいるぞ、晴美。パパもそばにいる」
「梨沙ちゃん? 梨沙ちゃん?
どこにいるの? 返事をして?」
梨沙は小久保晴美の手を握っていたが、
彼女はもう目が見えないだけでなく、
耳も聞こえず、手を握られていることにも気づけないでいた。
五感のすべてが失われていた。
「パパ、晴美を助けて」
梨沙は、父親である九頭竜の化身にすがりついた。
しかし、九頭竜の化身は首を横に振るだけだった。
「梨沙、パパはもう、千年細胞を持ってはいないんだ。
九頭竜の力も何もかも失った。
パパはもうただの人で、この体は一度灰となったものを、
ドクターストレンジの魔法で
一時的に形をとどめているだけなんだ」
九頭竜の化身は、いや、九頭竜の化身だった男は、
今はもう九頭龍天禍天詠の姿をしてはいなかった。
そばにいる、
星条旗をモチーフにしたような盾を持ち、
フライトユニット付きのパワードスーツを身にまとった、
アフリカ系アメリカ人の男と、
盾こそないものの同じパワードスーツを身につけていた。
「カトー、この子は?」
「俺の娘だよ、サム」
サムと呼ばれた男は、九頭竜の化身だった男をカトーと呼んだ。
ふたりは、いつか、
互いの名前を呼びあう関係になろうと
約束をしたわけではないが、
そんな関係を互いに目指していた。
それが今、叶っていた。
「はじめまして、だよな? たぶん」
「ああ、だが、そんな場合じゃないと思うぞ」
「すまない、どうやら、そうみたいだな」
カトーにたしなめられ、サムは素直に謝罪すると、
一歩身を身を引いて、久しぶりに再会した親子と
小久保晴美を見守ることにした。
「パパは晴美が死んでもいいのか?」
「いいわけがない。
でも、パパにはもう無理なんだ」
「甲斐享、お前ならなんとかできるな?」
しかし、甲斐享もまた首を振った。
「なんでだ?
お前はまだ千年細胞を持ってるはずだろ?」
「さっきまでなら、なんとかできたかもしれない・・・
でも、彼女の千年細胞は、
三つのエネルギー体に貫かれたことで、
さらに進化をはじめているんだ・・・」
甲斐享の言う通り、小久保晴美の千年細胞は、
すでにさらに上位の細胞に変化しつつあった。
それは、千年細胞を失ってしまったカトーにもわかった。
「・・・そうか、俺たちの体を狙ったのは」
「なぜ、神は自らに似せて人を作ったのか・・・
その答えがここにある・・・」
「なぜ人は楽園を追放されたのかも・・・」
唯一無二の絶対神の支配から逃れた、
オーズ、ウィザード、ドライブが言う。
「人は、神がこの地に降臨する際の器に過ぎなかった・・・」
甲斐享と、カトーは、同じ結論にたどりついた。
小久保晴美の腐り、ただれ、骨が見え、
今にも身体中の至るところが、
落ちてしまいそうだった体が修復していく。
甲斐享たちの体の中にまだ存在していた
六つのエネルギー体もまた、彼らの体から飛び出し、
小久保晴美の体の中に吸い込まれていく。
「小久保晴美は、
真の世界の破壊者だったわけじゃなかったんだ」
「彼女は、真の世界の破壊者の器となる存在・・・」
ゴーストとエグゼイドが言った。
「そして、真の世界の破壊者とは・・・」
照井竜が言い、
「唯一無二の絶対神・・・」
左翔太郎が続ける、
「そして、唯一無二の絶対神が、
真の世界の破壊者として、その器に降臨することこそが」
石ノ森翔太郎がさらにつづけ、
「ファティマの第六の預言・・・」
フィリップが結論にたどり着く。
「甲斐享」
かつて九頭竜の化身だった男・カトーは、
自らのスペアであった男の名を呼んだ。
「あんたが何を言わんとしてるかくらいわかるよ。
俺はあんたのスペアだったかもしれないが・・・」
「俺が千年細胞も九頭竜の力も失った今、
お前は俺のスペアではなくなった。
逆に、今は俺がお前のスペアだ。
俺は、お前の一部になるために、ここにいる」
「だろうな。なんとなく、そんな気がしていた」
彼らは、ふたりにしかわからない話をしていた。
カトーにはそれしか方法がなかった。
「何を言ってるんだ? パパ」
愛娘の梨沙が、涙で顔をくしゃくしゃにして言った。
「パパと晴美の物語は、
もうとっくに終わってるって話だよ。
この物語は、甲斐享と梨沙、ふたりの物語なんだ」
「物語? これは現実だぞ?」
梨沙の問いに、フィリップが答える。
「加藤梨沙、君の父親が言わんとしているのは、
ぼくたちにとっては現実でも、
たとえば石ノ森章太郎が存在した世界から見れば、
ぼくたちの存在は物語に過ぎないということだよ」
「なんだそれ・・・意味がわからない」
そんなことを突然言われて、
意味がわかる者がいるのだろうか?
梨沙は思った。
だが、フィリップに名指しされた石ノ森章太郎は言う。
「そうだね、そして、私がかつて存在した世界には、
こんなことを言った者がいる。
私が蝶になった夢を見ているのか、
蝶が私になった夢を見ているのか・・・」
「なるほど、ぼくたち仮面ライダーを
産み出した石ノ森章太郎が存在した世界ですら、
さらに上位の世界が存在し、
石ノ森章太郎という存在自体が、
物語の登場人物に過ぎない可能性があるわけか」
今度は、フィリップと石ノ森章太郎、
ふたりだけにしか理解できない会話だった。
「私と君たちは、さきほどの
『私』と『蝶』の関係に置き換えることもできなくはない」
「お前たち、こんなときに何の話をしている?
梨沙にもわかるように話せ」
梨沙は泣きながら怒っていた。
「戯れ言はこれくらいにしようか、石ノ森章太郎」
「そうだね、どうやら、私と君以外には
誰も理解してはいないようだし・・・
やはり、章には感謝しないといけないな・・・
死してなお、君のような素晴らしい友人に
出会わせてくれたのだから・・・」
小野寺章・・・それは、
石ノ森章太郎が存在した世界における、
彼の息子の名前だった。
彼に代わり、仮面ライダーという物語に携わり続けている。
しかし、この世界においては、その存在を認識することはできない。
「パパ・・・
パパ、いなくなっちゃうのか?」
「いなくなりはしない。
甲斐享の一部となって生きていくだけだ。
これからも、梨沙のことをずっと見ている」
「でも、もうパパと話せなくなるんだろ?
パパが梨沙をだっこしてくれたり、
あたまをなでてくれたり・・・もうできなくなるんだろ?
・・・だったら」
梨沙は、大きく深呼吸をした。
そして、
「だったら梨沙は、晴美の側につく」
そう言った。
「・・・梨沙?」
今度は、カトーが
愛娘の言っていることの意味が理解できなかった。
「梨沙は晴美のスペアだ。
パパが甲斐享の一部になるように、
晴美を梨沙の一部にする。
梨沙が、晴美といっしょに、
真の世界の破壊者の器になる・・・」
「梨沙、やめろ・・・やめてくれ、、、」
「やめない。
パパのいない世界なんて、梨沙はいらない」
そのときだ。
ーーこのときを、待っていた。
唯一無二の絶対神の声が聞こえた。
ーー上位世界からの招かれざる客よ
「私のことかな・・・?」
石ノ森章太郎が、神の声に応えた。
ーーそう、汝の存在が、我をその世界へと運ぶ方舟となる。
唯一無二の絶対神である我は、
汝の存在した上位世界をも支配する。
そのためには、汝の存在と、
我が器がひとつになることが必要不可欠・・・
「唯一無二の絶対神が聞いて呆れるな。
人の力を借りなければ、できないことばかりだ」
石ノ森章太郎は呆れていた。
「君と同じ名を持つ唯一無二の絶対神が、
私の世界にもいるが、
それについてはどうするつもりかな?」
ーー我はふたりも必要あるまい。
「私はてっきり、
ファティマの第三以降の預言は、
ぼくのいた世界で起こるものとばかり思っていたが・・・
なるほど、君をここで足止めすれば、
章たちの世界は守れるわけか・・・
・・・だが、しかし」
石ノ森章太郎は、甲斐享とカトーを見た。
甲斐享は、カトーに言う。
「その前に、ひとつやるべきことができたみたいだな。
俺はやっぱり、あんたのスペアでいい。
この体はくれてやる。
あんたが自分で娘を守れ」
甲斐享は、九頭竜の化身だった男に、その身を差し出した。
「言ったはずだ。
これは、お前の物語だと」
しかし、カトーはその提案を拒絶した。
「だったら、あんたは、あんたで居続けろ。
さっさとあのくそったれな神様を片付けて、
かわいい娘を抱いてやれ」
甲斐享は、カトーの肩を拳でついた。
「・・・わかった。
サム、援護を頼めるか?」
「ああ、援護だけじゃなく、また背中も守ってやる」
「誰かが主人公である必要なんかない。
俺たちは、たとえ社会や組織の歯車や、
神の駒に過ぎないとしても、
ひとりひとりが自分の人生の主人公だ」
甲斐享のその言葉が、人からの神への宣戦布告となった。
to be continued....