すぐには答えずうつむいていたが

スッと正面にいる僕をまっすぐに見て

話し出す

 

「はい、確かに僕は

自分の経験という

ごく小さな“視点”からしか

見ていないと思いました。

 

皆の意見を聞いて、

僕も「必要悪ではないのではないか」

と思い始めています」

 

「そうか、

でもどうしても気になるんだけど、

なぜ稲垣君は

塾を「必要悪」と思いながら、

学校の教師ではなく、

塾を選んだの?

 

何か特別な事情があれば

言わなくてもいいから、

言える範囲で教えてほしい。

これは僕の単純な興味だから」

 

「そうですね、

理由は

「必要悪だが、

必要悪でない場所に変えたい」

という想いがあったからだと思います。

 

実際、僕も教育実習に行きました。

もちろん2週間という

学校現場の一部しか見ていませんが、

職員会議や担当官の先生と過ごす中で、

ものすごく不安になりました。」

 

「どういうこと?」

 

「うまく言えないのですが、

先生同士がいがみ合っていたり、

何か問題があっても

職員会議では穏便に

済ませようという方向になり、

本質的な問題解決について

話し合う事もない。

 

そういう場面を見るたびに、

自分の将来がこの場所では見えない、

と思ったからです。

 

人に何かを教えるという仕事自体は

すごく興味があり、

縁あって今ここにいます。

 

自分が体験できなかった世界で、

かつ必要悪だと思っていた場所で、

自分はどこまでそれを壊せるか

試してみたかった、

というのが僕の本音です」

 

 

「ありがとう。

ただ誤解が無いように言っておくが、

君が見た学校は、

その全体のほんの1部だという事は、

忘れないようにね。

 

学校の先生だって、

必死に日々生徒や保護者と

向き合っている事は、

紛れもない事実だ。

 

僕も帰宅途中に

とある中学校があるんだけど、

11時を過ぎても

職員室に電気がついている。

 

それを見るたびに、

学校の先生も大変なんだ、

といつも思っている。

 

「自分が見えたものがすべてではない」

これは、しっかり意識しておこうね。

 

「分かりました」

 

さあ、

これでそろそろまとめに

入ろうかなと思ったとき、

突然、飯村君(仮名)から質問が来た。

 

「柊先生自身から

まだ質問の答えを聞いていません。

 

今回のテーマである

 

塾と学校の教師の違い、

又必要悪かどうかについて、

どうお考えですか?

 

僕たちの意見だけでなく、

研修官である先生の意見も

教えてください」

 

この飯村君も最初の板書を

メモしなかった一人だ。

 

「質問だけして逃げるなよ」

という彼もまた、

僕に対し、挑発的な目をしている。

 

当然最初に火をつけたのは僕なので、

当然答えは用意していたが、

 

この盛り上がった

せっかくの議論を壊さないよう

用意していた解答を少し修正した。

 

「本来であれば、今日は座学、

つまり僕が君らに一方的に講話をする

それがこの会社の伝統だった。

 

実際僕が受けた研修も

現場研修に出るまでは、

ずっと座学だった。

 

どうせそのうちばれるだろうから、

最初に告白しておくと、

 

僕は、この第2タームまでの間に

3回注意され、最後は

「次はないよ」の死刑宣告されたんだ。

 

 

理由は、

「何の意図でこの講義をしているのか?」

「この研修は現場で

どういう場面で役立つのか?」

そういうのが分からないと、

黙っていられなくてね、

 

「この研修、意味が分かりません」

って、言っていたんだ。

 

そんなことが何回かあった後、

「次不適切な発言をしたら、

今後研修を受ける事を禁止し

退職勧告を出します」

といわれちゃったんだよね。

 

同期からも

「あいつはかなりヤバい。

近づかない方がいい」

と思われてたみたいだったよ。

 

意外な話だったのか

みんな笑いだす。

(笑われて当然だが…)