学生のころ、

勉強は好きでしたか?と聞けば

 きっと「嫌い」と答えた方のほうが

多いだろう

 

同じ高校生なのに、

勉強が好きな子と嫌いな子がいる。

 

中には僕のように、

嫌いから好きへと

変化した人もいる。

 

この違いはいったい

どこから来ているのだろうか?

 

もちろん、

東京大学に進学するような

学生は勉強に耐性があるとか、

進学校に通っている人は

勉強に慣れているなど、

さまざまな理由が考えられる

 

その中で、僕が考えたのは

「勉強のやり方が違うから」だ。

 

勉強が嫌いな学生は、

「結果が出にくい勉強法」

ばかりやっているから、

やりがいを感じにくいのでは

ないだろうか。

 

逆に、勉強が好きな学生は

「結果が出る勉強法」を用いて、

「やればやるほど成績が上がる」

上昇のスパイラルに

乗っているからではないだろうか。

 

今回は実際に僕の娘達や

学習塾に勤めていた時に

使っていた勉強法を2つご紹介したい

 

勉強法の1つ目は

「ゴールから逆算する勉強法」だ。

 

これは、

やるべき内容をすべて概算してから、

スケジュールを確定させる考え方だ

 

受験は

「どれだけ頭がいいか」

「どれだけ多く勉強したか」を

競うレースだと考えてしまいがちだ。

 

僕はそうではなくて

「試験本番で合格点が取れる状態に

自分を仕上げる」

ゲームだと考えている。

 

納期までに仕事を

達成できるかを問う

ゲームだと言い換えても

いいかもしれない

 

どれだけ頭がよくても、

試験で合格点が取れなければ

意味がない。

 

逆に言えば、

志望校に合格できるだけの

学力がすでにあるのなら、

受験勉強なんて必要ない。

 

「受験勉強」は、

設定したハードル

(志望校の難易度)に対して、

自分の実力を

押し上げるための手段なのだ

 

そのためには

「試験本番で合格点が取れる

理想の状態の自分」と

現在の自分とを比べて、

足りない能力を考える必要がある。

 

そして、それらの能力を

習得するために必要な参考書、

ドリルなどをリストアップする。

 

こうすれば

「一覧にした本をすべて終えれば、

志望校に受かる」

とも考えられる

 

これで、

終わりのないレースである受験の

「終わり」が見えるようになるはずだ。

 

あとは、タスクが全部終わるように

スケジュールを切っていけばよい。

 

それだけで、志望校に受かる

レベルにまで持っていける

 

これは、大学受験のみならず、

ありとあらゆるテストでも

応用できる。

 

すべてのテストは

「目標点数を取れるか否かを競うゲーム」

なのだ

 

「目標達成するために必要な能力」から、

やるべきトレーニング内容を

逆算していく。

 

仮に、「やるべきこと」が

見えなければ、

合格者などから

「なにをすべきか」を

聞き出すといいだろう。

 

聞くときに、同時に

「なにをすべきでないか」

も聞けると、

時間を無駄に使わないで

済むかもしれない

 

さて、

ここでお気づきになった方も

多いと思うが

 

これは、

社会人になってからも使える

「目標を立てる」際の

基本となる考え方だ

 

東大に合格するような学生たちは、

「結果を出す」意識が

高校生の頃から

根付いているからこそ、

東大受験でも

勝ち抜けるのかもしれない

 

勉強法の2つ目は、

わからない問題で

時間を使いすぎないことだ。

 

学生のころ、

わからない問題に対して、

30分も1時間も

考え込んだことは

ないだろうか?

 

 あまりに長い時間

考えてもわからないと

「結局考えても答えは出ない」

となってしまい、

勉強そのものが嫌になる

 

「まずは自分で考える」ことが

美徳とされがちだが、

「目標点数を取れる自分になる」

のであれば

必要以上に考え続けても

意味がない。

 

「わからない問題に対して

考え続ける」ことから得られる

経験値には、限界がある

 

結局、問題を解く目的は

「その問題が解ける自分に

成長すること」だ。

 

1つひとつの問題

それ自体には、

大した意味はない。

 

個々の問題に設定されたゴールとは、

「答えに至るまでの

考え方をマスターすること」

であって、

「問題を自力で解くこと」

ではないのだ

 

結果が出る勉強法は、

「手が止まって5分が経ったら、

答えを確認してしまう」こと。

 

思考の袋小路に入り込んだと

判断できた時点で、

切り上げて、

 

「答えを確認してから、

『なぜそのように答えられるのか』

を考える」のが一番いい。

 

そうすることで、

問題を解く数を

増やすことができる

 

もちろん、1つの問題について

粘り強く考え続けるのも、

必須のスキルだ。

 

試験では初見の問題が出るため、

わからない問題に突き当たっても、

合格点をもぎ取る努力を

続ける必要がある

 

大学に進学してから、

社会に出てからは

「答えが一意に定まらない」問題と

出会う機会も増える

 

答えがある多くの問題を

こなした経験や、

それを解くための考え方などは、

答えがない問題について

考えるときにも有効に使え

 

ここでご紹介した勉強法は、

どちらも

「自分の理想状態にいち早く近づく」

ための方法だ。

 

あくまで

「試験で合格点を

とるために有効な勉強法」だ。

 

勉強の本質とは、

少し離れた部分もあるように

感じられるかもしれないが、

このように勉強すると

合格する可能性が高まりやすい。

 

是非今の勉強法を俯瞰して

効果的な勉強が出来ているか

見直してもらえれば幸いだ

子どもは、一人ひとり

やる気が起きる時間と

空間が違う

 

よく

「リビングで勉強するといい」

といわれてるが、

じつは、

全員に当てはまるわけではない。

 

なかにはリビングでは

落ち着かない子もいるので、

家のなかでどこが

一番勉強しやすいのか、

いろいろな場所で試してみてほしい

 

場所だけでなく、

時間によっても、

やる気が上がるか下がるか、

違いを確認してみてほしい

 

このように見ていくと、

子どものやる気が出る場所、

タイミングは一人ずつ違うことがわかる

 

その子に合った場所と

時間を見つけるために、

地道に調査をしてほしいのだ

 

【子どものやる気の確認ポイント】


1.どの時間帯に勉強するのが

 実行しやすいか?   

           
たとえば、朝晩どちらがよいか

おやつの前・あと、夕食の前



2.どの場所で勉強するのが
 やりやすいか?


たとえば、子ども部屋、

リビング、階段下 など

3.どの位置で勉強するのが
 居心地がいいか?


たとえば、

同じリビングでも

座る場所を変えて調査してみる 

 

 

■「やる気の出る場所」は、

 早いうちから探しておく

 

どの場所、

どの時間で勉強をするのがよいかは、

子どもが小さな頃から

いろいろ試しておくのがおすすめ。

 

たとえば、

やらなくてはいけないことが

複数あるときは、

「国語と算数のドリル、

どっちからやる?」

 

「どこで、何時ぐらいに取り組もうか?」

 

と、本人に確認しながら

試していってほしい。

 

このとき、

「学校から帰ってきたら、

まず宿題しなさい」

 

というように、

一方的な発信はしないように

してほしい。

 

それよりも、

ストップウォッチを活用して

時間をはかり、

 

「ここでやるといつもより

速くできたね、おもしろいね!」

 

とその子に合った場所を

見つけてあげたほうが、

結果的に質の高い勉強習慣が身につく

 

■子どものリズムに合わせて、

 学習習慣をつくろう

 

子どもは、まだ理性が

育っている途中の時期にいるので、

「気分」で動いている

 

その気分を利用して、

勉強のやる気を上げていく

 

たとえば、実際に

「勉強をするのは、

朝の子ども部屋がいい」

 

という子がいたのだが、

親御さんの反応は、

 

「うちの子は、

いつも宿題を後回しにして、

朝やっているから困るんです」

 

というものだった。

 

ただ、これは、

大人目線のとらえ方だ。

 

その子にとって、

朝の子ども部屋が

一番やる気の出るところなら、

当日の朝に宿題をしてもよい

 

子どもたちは一定のリズムのなかで

生きているので、

そのリズムに合わせてあげたほうが、

勉強をする習慣が整う。

 

ぜひ、いろいろな場所と時間を試して、

その子に合った勉強場所を

探してあげてほしい

 

学習に適した環境を整えるために、

僕が考える最大のポイントは、

「座り心地のよい椅子」だ。

 

勉強ができるように、

本人が落ち着いて

座れる椅子を

用意してあげてほしい

 

たとえば、

一般的な学校の椅子は、

基本的に木でできているが、

じつは、あまり座り心地がよくない

 

これを上手に利用しているのが、

街中のカフェだ

 

カーブのついていない

かたい木の椅子では

長く座っていられないため、

お客さんの回転率が早くなる。

 

つまり、店内の雰囲気を

おしゃれに保ちながら、

早くお店を出てもらえるような

しかけになっているのだ

 

大人も長く座っていることが

できない木の椅子で、

子どもが集中して

勉強をすることは

難しいだろう

 

すぐに席を立ってしまう子の場合、

単純に椅子が合っていないことも

少なくない。

 

子どもが勉強をするときには、

座り心地がよい椅子、

疲れにくい椅子を

選んであげることが重要なのだ

 

また、

勉強用の椅子を購入する際は、

成長に合わせて調整できる、

長持ちする椅子がおすすめだ。

 

大人も使えるような椅子であれば

買い直しがいらないので、

お金の無駄もなくなる

椅子

「うちの子は集中力が続かなくて……」と

お悩みのご家庭は、

環境をどんどん変えて、

子どもが飽きずに取り組める

しくみを取り入れてみてほしい

 

最近のオフィスでは、

「フリーアドレス制」を

導入するところも増えてきているので、

子どもたちが勉強するときも、

ぜひ、この「フリーアドレス制」を

活用してみてほしい

 

フリーアドレス制とは、

固定席をもたずに

好きな席で働く

ワークスタイルのことだ

 

【勉強にフリーアドレス制を取り入れる方法】


・自分専用のキャスターつきの
  ラックやトレーを用意する

・ラック(トレー)のなかに
 勉強に使う筆記用具などを入れておく


・教科書やプリントもまとめて保管


・リビングや子ども部屋などに、
  ラックが移動できる空間を準備する

 

「今日は気分を変えてここでやろう」

「今日から、フリーアドレス制にしよう」

 

場所を移動して取り組むことで、

気持ちが乗ってくる子どもも多いので、

ぜひ試してみてほしい

 

リビング学習では、

ダイニングテーブルの上に

自分のものをずっと

置きっぱなしにしてしまう子もいるので、

 

「共用の場所を使うときは

 きれいに片づける」

 

という習慣が身につけられるように、

家庭内でもうながしてほしい

 

整理整頓を学ぶうえでも、

 

「フリーアドレス制」の導入はおすすめだ

 

 

■きょうだい全員が
 落ち着く環境を見つけよう

 

きょうだいが多い場合は、

1台の机をみんなで

共有しているご家庭もある。

 

これはフリーアドレス制の

変化版のようなものだ

 

このご家庭では、

学習机を共用にしたことで、

お子さんたちが

机の上を片づけられるように

なったそうだ。

 

きょうだいがいる場合は、

相手の様子に

左右されることもあるので、

できるだけお互いにとって

よい環境を整えてあげってほしい

勉強部屋

 

「ずっと同じ場所がいい」

という子の場合は、

無理に移動する必要はない

 

フリーアドレス制にする場合も、

ご家庭によって一長一短があるはずなので、

子どもたちに本当に合っているのか、

いろいろなパターンを試してみてほしい

 

因みに我が家庭では

わざわざ自分の部屋を

作ってあげたのに

勉強はいつもリビングだ

 

しかも暗記物をやっている時は

声に出しながら

家の階段を上ったり

降りたりしている

 

ちょっとしたホラーだ

そしてかなり迷惑だ

 

しかも勉強中は

テレビなど音の出るものは

出してはいけないルールだ

 

子供部屋を第一に考えたのに

これじゃあ意味ないじゃんと

日々思う

「Z世代」なる言葉がある。

 

現代の若者を総称するこの言葉は、

どういった経緯で

生まれた言葉なのだろうか。

 

「一般的には1990年代後半から

2012年頃に生まれた世代」

 

「アメリカで1960年から

70年に生まれた人を指す言葉として

使われていた『ジェネレーションX』

が由来で、

その次の

『ジェネレーションY』

のさらに次の世代」だと

紹介されている。

 

さらに気になる文言が続く。

 

「アメリカでは消費の主役に

なっているため、

多くの企業がマーケティングの対象として

Z世代に注目している」

いわゆる「消費の主役」なのだ。

 

一方で「ゆとり教育」というワードがある

 

「教育」発なのであれば、

現代の若者、Z世代は

「消費」に代表される、

というのだ。

 

やや聞こえの悪い表現だが、

若い世代は「教育する対象」から

「モノを買ってもらう対象」に

変化しているのだと言える。

 

そのことを、

様々な会社と絡む僕は

身をもって実感している。

 

それは単に

学費の値上げだとかいう

話ではなく、

就職活動に取り組む

学生たちを見ていての実感だ

 

今の就活ビジネスはすさまじく、

こんな場面を

目の当たりにしたことがある。

 

とあるf大学で

1年生向け授業で

「就活ガイダンス」が行われた。

 

就活仲介サービスの企業から

人が派遣されてきて、

就活のアレコレについて

レクチャーするのである。

 

現代の大学では珍しくない光景だ。

 

 

とある企業の方が登壇し、

授業も終わりかけた頃。

 

その方は待ち構えたように、

終わりの言葉を言ってのけた。

 

「皆さん就活は、

今のうちから、

1年生から始めましょうね。

 

隣の友達が内定を持っているのに、

自分が持っていなかったら

嫌ですよね」

 

衝撃を受けた。

 

思わず口が滑ったというより、

台本を読み上げるような

言い方だった。

 

つまり誰かに指示されて、

意図的に発信したのだろう。

 

このエピソードからわかることは2つ。

 

まず、(一部の)企業は学生を脅して、

不安を煽ってビジネスチャンスを

得ることに躊躇がない。

 

そして、学生は友達に弱い。

よく調べている。

 

名のある大企業だけあって、

市場調査もきっちりやっているのだ。

 

こうした不安を

煽る形で消費を促すビジネスを

「不安ビジネス」と呼称しよう。

 

Z世代は消費の主役とされているが、

ふつうお金を持っていない。

 

それでもお金を使ってもらうために

不安を煽る。

 

ぶっちゃけ、

倫理的な面を見なければ、

よくできたビジネスである。

 

しかし、

就活サービスをはじめとする

不安ビジネスでは、

なぜこんなにも営利の論理が

むき出しなのだろうか。

 

つまり、

なぜ営利行為であることを

隠さないのだろう。

 

古典的な不安ビジネスに

悪徳宗教がある。

 

「あなたには霊が取り憑いてる」

などと言って不安を煽るわけだ。

 

そして、

「浄化」や「救済」のためには、

特別な儀式や祈祷、物品を

購入する必要があるとして、

献金を求める。

 

この古典的な不安ビジネスでは、

一応は宗教というていを装って、

不安を煽る。

 

恐らくは、

「不安を煽るのは悪いことだ」

という意識が、

根本にはあるからだろう。

 

しかし、就活サービスのような

不安ビジネスでは、

営利の論理が隠されていない。

 

年端もいかない大学生の

不安を煽ることに躊躇がない。

 

なぜこんなにも

倫理性を欠いたビジネスが

横行するのだろうか。

 

1つの結論として、

不安ビジネスは

「ローリスク・ローコスト」な

ビジネスだということだ。

 

どういうことか。

 

たとえば、

「社員を頑張らせる」というのは、

会社の利益を増やす

伝統的な方策の一つだ。

 

現に一昔前であれば、

とあるメーカーで

社員たちが製品開発のために

ほぼ年中無休で働くといったことが、

美談として語られていた。

 

だが今は、莫大な労働投入によって

イノベーションを生み出す、

という手がとれる時代ではない。

 

また、「生産を増強させる」

という方策もあるが、

こちらも環境規制の厳格化などがあって、

簡単ではない。

 

こうした状況を踏まえると、

「客の不安を煽るだけ」で

需要を生み出せるビジネスは、

むしろ安パイとすら

言えるかもしれない。

 

もちろん消費者契約法など

不安ビジネスを規制する制度は

ちゃんとあるのだが、

すべてを規制できるわけではない。

 

では、

不安ビジネスを

やらざるをえないほど

日本企業は追い詰めてられて

いるのであろうか。

 

実は、決してそんなことはない。

 

ここ15年ほどずっと、

日本企業の現金・預金、利益剰余金、

売上高経常利益率は右肩上がりだ。

 

つまり、

日本企業の財務状況は

非常によくなっている。

 

また、

「労働時間あたりの生産性」で言えば、

他国に比して劣っているわけでもない。

 

となれば、考えられるのは、

多くの日本企業がリスクを取らなくなった、

投資をしなくなったという仮説だ。

 

日本企業は特に

「経済的競争力資産」への投資

(広告宣伝、組織改編、Off-JTなどの費用)が

英米独仏に比べて、

著しく低いことがわかっている。

 

要するに、日本企業は

人と会社組織に投資をしないのだ。

 

日本でも株主資本主義の台頭が

指摘されているが、

株主に還元するようになったから

投資をしなくなったのではなく、

 

投資をせずに

利益をため込んでいるから

株主が要求を強めて

還元が増えている、

というのが時系列としては

適切だとみられる。

 

リスクをとらなくなった企業にとって、

不安ビジネスは実に魅力的だ。

 

ローリスク・ローコストに

需要を生み出すことができる。

 

若者の不安を煽るビジネスが

はやる背景には、

そんな日本企業の経営方針が

あるのかもしれない。

 

「日本企業は財務状況が

良くなってますけど、

この停滞感はなんなんでしょう」

 

幾人かの経営者にこの問いをぶつけると、

即答された。

 

「私からしたら、

現金を貯め込むほうがリスクですよ」

 

「それは財務であって経営じゃないでしょう。

経営を良くしないと」。

 

経営のためのリスクをとることこそ、

若者のために

できることではないだろうか。

 

そうあるべだと

僕は信じたい

SNSで飛び交っている、

正義中毒者がなぜか

頻繁に使用する単語は「バカ」だ。

 

自分が絶対的に正しいという

過剰な思い込みから、

異なる考えを持つ他人を

バカと決めつけ、

攻撃(バッシング)を加える

 

災害時などに見られる

過剰な不謹慎叩きや、

芸能人の不倫叩きも、

こうした見方から再考すれば、

 

「あいつはバカだ」

「あんなバカなことをするやつは許せない」

「叩かれて当然だ」

 

という、正義中毒者の暴走と

見ることができる。

 

ネットの登場とSNSの普及によって

僕たちはより正義中毒に

かかりやすくなった

 

また、中毒症状が

全世界に公開される場が

出現してしまったことで、

誰がバカなのか、

誰が自分よりも劣っているのかを

常に気にし続けなければならない状況が

派生的に誕生した

 

自分がバカだと思われることを恐れ、

自分がターゲットにならないために、

パッシブ(受動的)に

他人を叩く行為に加担する

(あるいはスルーして助けない)

という現象が見られるようになった

 

これは、自分が

いじめのターゲットにならないように、

いじめに加担する構造とよく似ている

 

1984年、

ニュージーランド・オタゴ大学の

ジェームズ・フリンが

提唱したところでは、

 

人類は20世紀以降、

IQ(知能指数)を年々

向上させていると言われている

 

1932年と1978年のIQを比較すると

13.8ポイント高くなっており、

1年に0.3ポイントずつ

上昇していくというのだ。

 

これは「フリン効果」と呼ばれている

 

栄養状態の改善や、

情報、知識を得るための

ツールの充実によって

人は着実に知能が

上がっているはずなのに、

 

互いをけなし合い、

不毛に消耗し合う正義中毒が

どんどん重篤になっているというのは、

なんとも皮肉な話だ

 

元々は人間も動物と同じ、

ただ生まれて、

食べて育ち、

起きて寝て、

子を産み育てて

死んでいくだけの存在だったのに、

 

なまじ脳を

発達させてしまったために

苦しむようになってしまった。

 

互いにバカと罵り合いながら、

解決しようのない、

そもそも解決する気もない争いを

続けているのが人間という

種の特徴なのだとしたら、

 

最も悲しい生き物だと

言えるかもしれない

 

 

一方、他人の粗探しに奔走する

正義中毒の人たちを

一歩引いたところから

冷ややかに俯瞰している人もいる

 

そのなかには、

大勢の正義中毒者を

コントロールすることで、

うまくビジネスにしてしまう

例もある

 

いわゆる「炎上ビジネス」と

呼ばれるものだ

 

正義中毒者は常に、

自らを絶対的な正義と

確信できる不正義を、

飢えた動物のように求めている

 

だから、これを

エンターテインメントビジネスとして

考えれば、

わざとわかりやすい失態を演じて、

彼らに餌を供給し、

その代価として報酬を集める仕組みが

成立するわけだ

 

わかりやすい不正義の発生で

世論が沸騰しているタイミングで、

意図的に不正義とされている側を

かばったり、

正義のポジションで

非難している人を厳しく批判する、

というのも有効な戦術だ

 

正義中毒者たちは

燃料を与えられて

ますます勢いよく燃え上がり、

同時にそれが新たな話題となる。

 

ここで炎上ビジネスを

仕掛けた側に注目が集まるわけだ。

 

最近の芸能界、

芸能事務所を巡る

さまざまな議論でも

見られたように、

SNSの出現で

いわゆる外野が

参画しやすい仕組みが

作られたわけだ

 

一方で、

そうした行為を

炎上ビジネスと

批判することそのものが

間違っているのではないか、

言論封じではないか、

などといった新たなテーマも

浮上してきている

 

大事件になればなるほど、

炎上のチャンスも

増えていくことになるわけだ。

 

ここでは、

話題としていかに素早く、

気持ちよく、

力強く沸騰するかが

ポイントなので、

 

フラットな情報、

ニュートラルな見方を保つための

努力はあまり必要ない

 

正義中毒者が喜んで

消費してくれるような

不正義なネタを、

スピード感を伴って

供給できれば

 

話題の拡散による知名度や

認知度の向上、

ひいてはビジネスの

スケールアップにまで

つながるという仕掛だ

 

正義中毒にかかった人たちは、

一見するとそれぞれ独自の理論、

独自の正義を持っているように見える

 

しかし実際は、

自分がターゲットにされることを

恐れる気持ちから、

多数派に流れている人が

多いと言えるだろう

 

例えばAを「不謹慎だ!」と

叩く論調が主流になってしまうと、

異なる意見を持っていたとしても、

言い出しにくくなる

 

これは、同調圧力の問題とも

絡んでくる事象だ

 

社会全体で

こういう方向に踏み出すことは、

長期的に見ると非常に危険だ

 

多様性を狭めた集団は、

短期的には生産性を向上させ、

出生率も上昇して

成功を収めるが、

 

進化の歴史の上では

滅亡に向かう

 

言い換えれば、

種としての健全な繁栄のためには、

多少コストと感じたとしても、

ある程度の多様性を

担保しておかなければならない

ということだ

 

これは「そうあるべき」

という社会運動家的な

文脈で語りたいわけではない

 

あくまで可能性の問題としてだが、

現在の環境や条件が急速に変化して、

それまで「正しい」とされていたことの

中央値が大きくずれてしまった場合

 

今まで適応していた人が

生きづらくなる代わりに、

それまで外れ値とされてきた

「変わり者」や「圏外にいる人」が、

むしろ適応できるようになることが

起こり得るからだ

 

だからこそ、

種を継続させていくためには、

ある程度の多様性を

確保しておいた方が、

健全で安心だと言える

 

これは、

企業に例えると非常にわかりやすい話だ。

 

強引かつ話術の巧みな営業担当者が

好成績を上げている企業は、

そうした人材ばかりを

集めるようになるだろう。

 

しかし、ある日、

急に規制が強化され、

従来の営業方法が

禁止されてしまったら、

ほとんどの営業担当者が

使い物にならなくなる

 

そのとき、

たとえ少数でも

温厚かつロジカルで、

顧客本位な営業担当者を

たまたま雇っていれば、

なんとか営業活動を

継続できるが、

 

全員同じタイプの強引な

営業担当者しかいない

という場合では、

非常に厳しい状況を迎える

 

自分と異なるものを

なかなか理解できず、

互いを「許せない」と

感じてしまう正義中毒は、

実は人間である以上、

どうしようもないことだ

 

ただ、

たとえ他人の言動に

強い拒否感を抱いてしまったとしても、

人間の脳の仕組みを知っていれば、

無意味な争いに参加して

消耗することもなく、

 

仕返しに誰かを傷つけることもなく、

楽な気持ちで

見守れるように

なるのではないかと思う

 

比較例として

ウサギを考えてみたい。

 

ウサギの大脳は、

正義中毒を起こすには小さ過ぎ、

人間のように正邪を基準とした

行動は取らない

 

なぜ生まれたのか、

などという問題で悩むこともないし、

死ぬということも

おそらく意識はしていない

 

ひたすら草を食み、

子どもを作って、

育てて一生を終える。

 

このループを、

文字通り無心に行っているわけだ

 

人間は大脳を

発達させてしまったばかりに、

ウサギと同じ行動をする脳の周りに、

大脳新皮質と呼ばれる、

思考を司る部分が

増設されていった

 

大脳新皮質が

人間の繁栄と生存を

もたらしたことは間違いない。

 

人間は、生き延びて

種として繁栄していくことと

引き換えに、

生きている意味を

わざわざ考えなければいけない、

というやっかいな宿命も

背負ってしまったわけだ

 

知性があるからこそ

愚かさがあり、

 

愚かさのない知性は

存在し得ないという

裏表の関係があると

言ってもよいだろう。

 

インターネットとSNSの登場は、

人間の知性と愚かさとの

新しい捉え方を

呈示したのではないかと

思えてならない

 

2017年、大阪府立高校に通う高校生が

府を相手に訴訟を起こした。

 

「パーマ・染色・脱色・エクステは禁止する」

との校則を根拠に地毛の茶髪を黒く染めるように

くり返し指導され、

精神的苦痛を受けたと訴えた。

 

2021年、原告が21歳になって

ようやく判決が下った。

 

校則自体に違法性はないものの、

生徒が不登校になったのち、

学校側が教室に生徒の席を置かなかったり、

学級名簿に名前を

載せなかったりした行為については

学校側の裁量を逸脱して違法だとして、

府に33万円の賠償金支払いを命じた。

 

この訴えは海外メディアでも報じられ、

当時大きな波紋を呼んだ。

 

ほかにも、ポニーテール禁止、

ツーブロック禁止など、

頭髪についての

神経質すぎる校則が注目された。

 

下着の色を指定する校則に基づいて

下着の目視確認を行うという

人権にかかわる事例や、

運動中の水飲み禁止など

生徒の健康や命にかかわる

事例なども報告された。

 

2019年にはNPO代表らが発起人となり、

「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」

が発足。

 

6万人を超える署名を

文部科学大臣に届けた。

 

2022年には文部科学省が

生徒指導提要を12年ぶりに改訂。

 

同年には「こども基本法」も成立しており、

子どもたちが意見を表明することも

権利として位置づけられた。

 

子どもたちの人権や命を脅かす

ブラック校則は即座に撤廃されるべきだ。

 

一方で、学校生活を営むうえでの

合理的な校則づくりおよび

見直しのプロセス自体を

教育活動の一環として

とらえて取り組む事例も増えている。

 

一例として、

埼玉県にある

西武学園文理中学・高等学校の

取材記事がある

 

「あるとき、校長室に

1人の生徒が連れてこられました。

くるくるとカーブした頭髪が

校則違反なので、

授業には参加させないで

帰宅させるとのことでした。

 

後日、校内でその生徒が

私に駆け寄ってきました。

その頭髪は地毛で、

授業を受けるため頻繁に

ストレートパーマをかけなければならないと

訴えました」

 

そう教えてくれたのは、

2023年4月から

校長に就任した

ブラジル出身の

マルケス ペドロさんだ。

 

「見てください。

私の髪の毛もくるくるしています。

私たちは多様な人々が共存できる

社会を目指しているはずです。

それで一回、

校則をゼロにしようと決めました。

 

いまは私服での通学が

認められています。

 

式典など正装が必要な日には

制服を着てもらいます。

 

髪型も自由です。

運動などの支障にならなければ

ピアスもかまいません。

 

ルールを否定したいんじゃありません。

 

学校をカオスにしたいわけでもありません。

ルールのつくり方を学ぶ学校に

したいと思ったのです」

 

 

まず取り組んだのは

「スマホ校則改正プロジェクト」だ。

 

それまで、

校内でのスマホ使用は禁止だった。

いまでは一定のルールの中で、

校内でのスマホ利用が認められている。

プロジェクトの中心メンバーだった

池田大空さん(高3)と古田一成さん(高3)と

相原知紗さん(高2)の

取材内容がとても興味深いので紹介したい

 

池田

いくら生徒たちが

ルールをつくるといったって、

しょせん、最終的には

大人の承認が必要なんです。

 

学校は生徒たちの生活の場

であるとともに、

大人たちにとっては仕事の場です。

 

生徒が好き放題して

大人の仕事を間接的にでも増やしたら、

大人は絶対イエスとは言わない。

それは間違いない。

 

記者

現実的ですね。

 

池田

2023年4月にペドロ校長先生から

お話をいただいて、

実働が5月から。

 

手分けして、

生徒や保護者に対しては

アンケートを行いました。

教員に対しては一人一人

ヒアリングを行いました。

ヒアリングというより、

説得の意味合いもありました。

 

記者

反対されるポイントがわかれば、

それに対する打ち手を

用意することができますからね。

そこは丁寧に聴き取ったわけですね。

 

ペドロ

私がやりたかったのはそこです。

問題解決のためにたくさん情報を集めて、

どこが足りないか、

それをどう補うかを考えるということです。

スマホについてそれは何でした? 

具体的にいちばんの反対の意見は何だった? 

 

池田

さらに、ここにいる相原が、

校での事例も調べてくれました。

れらのデータをもとに、

1カ月くらいで

ガイドラインの素案はできたんですが、

それに対する教員側からの回答を

もらうまでに3カ月かかりました。

 

記者 ちょっとイラッとするぞ、みたいな?

 

ペドロ

いろんなひとが関わると、

プロセスに長い時間がかかることが

わかったんじゃないですか?

 

池田

待たされた時間の長さ以上に、

どういう議論に時間が

かかっているのかが

こちら側に見えてこないという点が、

不審という言葉は使いませんが、

いつ返事がもらえるのかも

わからないなかで、不安でした。

 

先生たちは、

生徒の前では前向きなことを

言うに決まってるんです。

でも裏で、僕らのことを

どう言っているのかは

結構気になっていました。

 

記者

2学期になってようやく返事が来て、

保護者にも発表して、

正式にガイドラインが

認められたわけですね。

 

いろんなアンケートや

データを集めたということですが、

それをもとにして

どうやって議論を重ねたのかが

気になるのですが。

 

池田

生徒や保護者が

誰でもアクセスできる

校内SNSでデータを公開して、

オープンな議論を呼びかけました。

 

リアルな場でひざを突き合わせて

議論したのは2回だけです。

個人的には定期的に集まるような

プロジェクトって

最悪だと思っていて。

 

記者 どういう意味で?

 

池田

定期的に集まるようになると、

何が起こるかっていうと、

きっと、次に何を議論しようか

ということを

考え始めると思うんですね。

順序が逆になっちゃうんですよ。

 

記者 素晴らしい!

 

ペドロ

うっ! 耳が痛いなぁ。

学校って定例の会議、

いっぱいあるからねぇ。

 

記者 

生徒や保護者へのアンケートや、

教員へのヒアリングで、

スマホを解禁することへの懸念が

具体的にわかったわけですよね。

 

その懸念を一つ一つつぶしていけば

いいというのはわかります。

でもそれを1つのガイドラインに

まとめあげる作業は、

なかなか複雑な

プロセスだと思うのですが、

どうやってみんなの意見を

まとめたのですか? 

 

後は「えいやっ!」

って結構力業ですか?

 

池田

そうですね。最後は結構

パワープレイでした。

 

記者

 

なるほど。

それで現在問題は

生じていませんか?

 

古田

スクールバスを降りてから

昇降口に行くまでの道のりで、

歩きスマホが問題になっています。

 

記者 校地が広いですからね。

 

古田

校内に注意喚起のポスターを

掲出するなどの活動を

始めようとしています。

 

また、僕はICT運用委員会にも

所属しているので、

まずはそのメンバーで、

スマホを扱っていく

生徒の代表者である立場の

意識を高めていこう

みたいな話をしています。

 

記者

スマホ校則改正プロジェクトの

活動報告動画は「カタリバ」

というNPOがやっている

「ルールメイキング・サミット」で

推薦作品にも選ばれていますよね。

 

あのイベントに参加した狙いは

なんだったのでしょうか。

 

池田

既成事実化です。

「対外的に発表されて、

これだけ評価もされているのに、

学校ではまだ

執行されていないんですか?」

という圧力に

利用できると考えました。

 

古田

ルールメイキング・サミットに

参加することで、

校則見直しに携わっている

他校の生徒たちと

情報交換ができたことも

よかったと思っています。

 

…………

 

以上が実際の記者とのやり取りだが

その辺の大人よりも

戦略的な議論や行動をしており

高校生だと舐めていると

えらい目に会うと

改めて実感した

 

このような動きが広がる事を

切に望みたい