某総務担当美人のアドバイス、VN人の扱い方。
VN人は自尊心が高い。
たとえ親であろうと「〇〇をしなさい!」と言われたら決してしない。むしろ逆のことをする。
しかし「〇〇をしてくれると助かる」「あなた/みんなのためになる」と言われるとする。
労働者と雇用者は対等である。
よってたとえ年上/上司といえどキツイ命令は絶対NG。
労働者は労働を提供しており、その対価として給与を得る。
雇用者の「給与を支払っているのだから言うことを聞け」という態度は
彼らの自尊心を傷つけ、「給料なんかいらない!辞めてやる!」という結果を導く。
⇒VNで雇用をする場合は、労働者と雇用者は対応であるということを忘れないように、とのこと。
さて、興味深いのは「労働者は労働を提供しており、その対価として給与を得る。」ということ。
彼女曰く「座っていることで給与をもらっているのではない。」
労働とは、では一体何なのか?
彼らの働き方を見る限り”言われたことをこなす”ことに思えて仕方がない。
労働=作業であり、そこに結果、効率、改善、提案、向上という要素が見えない。
指示されたことを、いかに早くこなすか、あるいは相手がわかりやすい形にするか
それは例えれば多少精度の良い機械を導入するようなもので、価値の創造という面では意味がない。
つ言われた作業をこなすこと、それは「座っていることで給与をもらっている」ことと
限りなく近い気がしてならない。
私が前の会社を退職した理由は、座っていることに給与を支払われていると感じたからである。
”長くは勤めない”とされていた女性社員に割り当てられる仕事に対し、
スピード、わかりやすさ、的確さなどは上司にも評価を得ていたものの
自分の学んできたこと、考え方、個性を発揮できる「創造」には限界を感じ、
それはつまり給与=拘束時間への対価と感じられた。
労働とは何か、報酬とは何なのか、何に対する対価なのか。
同世代、一日本人労働者として、彼らと話してみたいと感じた。