表題の言葉は、三国志演義において、諸葛亮(孔明)が隆中で晴耕雨読の生活をしていた時に、その志を述べた唄の一部です。
鳳翱翔於千仞兮
非梧不棲
士伏處於一方兮
非主不依
樂躬耕於隴畝兮
吾愛吾廬
聊寄傲於琴書兮
以待天時
大意は、以下のような感じでしょうか。
鳳凰は千里を飛翔するも、桐の木でなければ棲まない。
君子は一時的に在野に隠れていることもあるも、名君でなければ仕えない。
自分は農作業を楽しみ、粗末な庵も愛している。
そこで、寄りかかって琴を弾き、書物を読む。
もって、天の時を待つ。
この唄は、メロディもついていて、以下のyoutubeで6分35秒あたりから唄が始まります。
https://www.youtube.com/watch?v=QCz9TXmdFU0
李法曾版の諸葛亮は昔の中国のテレビドラマですが、本当に素晴らしい出来です。
1980年代と製作が古いので、映像技術やかつらの具合など不備が多いものの、
諸葛孔明の人物造形が素晴らしく、三国志ものの映像の中では一番好きです。
昔、学生時代に日本語版をレンタルビデオで何度も借りてみました。
日本語版は、三国志諸葛孔明というタイトルでamazonでも中古で販売されているようです。
さて、米国株投資ですが、
金利も上がってきたし、いろいろ不透明なので、微益ですが
いったん売却して撤退
しました。
またしばらくはウォッチをし、機会を待つ、すなわち
もって天の時を待つ
ということにしました。
もちろん、諸葛亮孔明の決意や覚悟とは雲泥の差で、そのような心境を仮借するのは恥ずかしい気もしますが、
志は大きく持ちたいので、あえて使用してみました。
待つのも投資、しばらくは投資面での晴耕雨読の生活を楽しもうと思います。
もちろん、天の時が動いて機会がまわってきたら、再び大きく動きます。