軸足は自由に | 野良翻訳家・HanaBananaの Enjoy Life!

すっかりご無沙汰です。
仕事の海に深くもぐり、久しぶりの登場になっちまいました。
毎日、ネタは思いつくのですが、思いついては忘れ、思い出しては忘れ、
気づいたら3連休でちた。




あ、1つ書きたかったことを思い出しました。



部活や柔道界での体罰や、体育会系社会ノリのことです。
今、そういうことが受け入れられる時代かを
今一度、考えろと言いたくなります。



息子も体育会系のクラブで部活動していますが、
それほど強豪でもない学校にも関わらず、
休日は土日両方とも遠征や試合、朝7時に出かけ、夜7時過ぎに帰宅することも。
当然、ウィークデーは毎日、朝練、放課後部活。
当初の誘い文句としては、休みが多い適度にカラダを動かす方の体育会系だったにも
かかわらず、たまさか、顧問の若いセンセイが燃えるタイプだったのか、
180度方向転換したんです。



息子本人はやる気になって、そりゃ毎日一生懸命やっていますが、
時に、土日休みじゃないこと、塾との兼ね合い、家族との時間を考えると、
親子ともども、たまーに「ちょっと加減をしてくれないかな」というのが正直な感想。


で、部活の顧問と親の懇談会が開かれ

基本的に練習は毎日、
しかしながら自主的にお休みしても構わない
というところに落ち着いたのです。



だってね?息子がいってるのは公立です。
日本に住む家庭であれば、誰でも通えるのが公立です。
例えば、日曜日に必ず教会に行く敬虔なクリスチャンの家庭の子供は、
日曜日の遠征などに行くのが不可能な子供だっているでしょう?
また、通院する必要のある子供もいるかもしれません。
オウチで役割がある子供もいるかもしれません。
そういう家庭の違いを含めて、私は毎日あって当然、だとは
思えないし、毎日あるとしても、そこには選択の自由も
存在する必要があると思っています。




そして、部活ばかりが子供の心を育てるワケじゃない、
家庭こそ、子供の成育のメインの場です。

少し前まで小学生だったんですから。
そして勉強、こちらもうるさく言いたくはないけれど、
昨今、受験制度も変わり、部活の内申点はゼロ、
成績が大切になってきています。公立高校が無償化され、
高校全体の偏差値が不安定な中での
受験体制を整えていく必要もあります。
なので、勉強に費やす時間も必要です。
もちろん友達と遊ぶ時間、眠る時間、TVを見る時間、
などなどなど、そうゆうことをバランス良く出来るのが
真っ当な生活だと思っています。




色々ご意見はあるかと存じますよ?



強豪校で、スポーツ推薦がかかっているとか。
また、子供の可能性を試す良い機会だとか。
一概に語れる、こうあるべき、とは言いがたい
ケースバイケースの話題だとは思います。



部活が、将来オリンピック選手になる可能性について、
探る場であってもいいと思いますが、
だからといって、軍隊みたいに、朝から晩までトレーニング
しなきゃならない」環境で良いかと聞かれたら、
義務じゃないと思います。せめて、「選べる」、そして
休んだからといって、「不真面目」と責められる空気が
ゼロであれば良いと思います。




懇談会があった後、こんなことがありました。



ある日、部活の生徒同士で映画をみにいって、それを聞いたセンセイ、
オレだって、行きたいんだよ!」と、

映画にいった部員に叱咤したという。。。
私が聞いたのは子供の口だから、子供よりの視点を差っぴきましたが、
それでも、何で叱られるの?と疑問を抱きました。





で、その懇談会でもう1つ、疑問に思ったのが、
教師がいない場では、「あまりに練習が多すぎても」という口調の
お母様方が、教師の前では、



(オイラが「ちょっと練習量が多いのではないかと」と言った後に)


運動部はこれくらいの練習量はアタリマエ



そうゆうものだから



センセイだって、わざわざ休みを返上してくださってますから



と、肯定、感謝、礼賛。



オレ孤立。いや、孤立すんのは全然構いません。




お休み返上して子供を鍛えてくださるのは有難いですが、
それは自主的に出ていらっしゃるんですよね?


運動部はこれくらいの練習量がアタリマエって、
当初はその練習量よりも少ないってのが誘い文句だったし、
そりゃチームプレイだから、それぞれが勝手な行動するのも困り者だけど、
自分がそうだったから、お兄ちゃん、お姉ちゃんがそうだったから、と
「そうゆうものだから」って済ませてないで、
自分の子供が生きている時代を意識して、見直すことはしないのかな。



ってか、先ほどまで「ちょっとねぇ」って風潮はどうしたんだい?


と、思ったのですね。





結局、練習に行く・行かないは息子に任せていますが。


たかだか小さい学校でも、体育会系のド根性的な精神は
その意義をはるかに越えて、信仰のよう。
そこを汚すことは、あってはならぬ的なものを持ち合わせている
親御さんもいらっしゃるのですね???




まぁ、こうゆう古くさい体質が、部活や各競技の閉じられた世界の中で、
体罰に限らず、相手を不快にさせる、尊厳を傷つける、
圧力や不利益や脅威与えるような行為を許しているのかなと思った次第で。
これ全部パワハラであり、そこからなんらかを導きだせるものなのか、
指導者のみならず、それを許していた団体も、その旧態依然とした
体制を自ら問題視したほうがいいと思います。
角界の暴力事件もそうでしたが、そういう指導を許す温床も併せて
変えていかないと。




何もスポーツに限ったことじゃないですよね。
一般的な職場や学校でも、こうゆう手法で、権限持ってる人が
持たない人に圧力与えて、ムリに人を動かす場合が多々ありますが、
経験上、こうゆう人のやり方、結果的に失敗に終わることが多かったですね。
有能な人はそこから離れ、決まりきったコトしか出来ない人のみ残る、
生産性の低下・・・っつぅ。



厳しい指導や指示というのは、十分な信頼関係あってこそ、じゃないでしょうか?
発揮しきれていない能力を呼び起こすために、
あえて厳しくすることは、場合によりあるかもしれないけれども、

効果的ではない場合も多々あり。
逆らったら、不遇に置かれるケースもザラ。

そうなると、指導、指示ではなく、ハラスメントの領域に踏み込んでいますよね。




問題が起きたら、それを見つけ出して責めるのは非常に簡単なことです。
「ではどうしたらいいのか?」を考えるのが、リーダーの責務。
問題と解決策は、常に1セットであるべき、と

指導者はアタマに叩き込んでほしい。
じゃないと、人を育てられません。
それは、スポーツだろうと、会社だろうと、親と子だろうと・・・同様だと思います。




話は全然違いますけれど、先進国で自然分娩礼賛することが
まかり通ってるのって、日本くらいなもの、って聞きましたヨ。
母乳礼賛もね。母の体に個体差があるんだから、
必ずしも母乳がベストなわけじゃないですよね?
出産はcase by caseで、ミラクルな領域ではあるものの、
母体と子供に負担のない方法こそ、大いに取り入れるのが安全且つ合理的。
今の世界基準らしいですよ?




何においても、ド根性、精神論みたいなモノを過度に依存し、
過度に美化するる気質や空気、
もはや足手まといにすらなるって現実ですよね。
世の中は動いていて、進んでいて、
その中には確かに大切にしなければいけない古き良き文化はそれぞれあるけれども、
何が何でも神風特攻、滅私することに固執するド根性で
100%成功が引き出せますかいな?という話でしょう。
各々の家庭も多様化してるのですから、いつまでも旧態依然とした体制を
引きずっていないで、ニーズに即した形に変容していくことが、
結果を引き出せるのじゃないかね?と、オレは思います。




合理的であること、を体得する、日本人にとって大切だし、

必要なスキルだと思いますネ。
そして、合理的であることで、失われる心の深さならば、
それはその程度のものなんですよ。




ま、オイラの意見ですからね。
あしからず




ところで、、柔道界の体罰に関して、ヤ○ラ氏のご意見が
どこかのメディアに取り上げられていました。




「私が選手時代は、体罰やパワハラはなかった」




えーとぉ~
それは怖かったからじゃ?
ってか、負けたのに、有望株を押しのけて、五輪代表に出ていらした記憶も
あるような。えぇ、うっすらですよ!私の勘違いかもしれないし。
でもそれって特別枠なんじゃないかなぁ~モゴモゴモゴ。


いかんいかん、こうゆうこと言ってると、水底に沈められちゃうカモー!



水の底で思い出しましたが、

筋トレ占いを提供する、石井ゆかり氏が書いていましたけど、

オレの属する、水瓶座、水の流れに軸足を対応させるかの如く

変容性に富んだ星座だそうで。

上記に書いたような、ど根性精神礼賛みたいな、

太古の儀式みたいなの、ことさらアホか?って思うらしいですね。




さて、もう水曜日です、遅くなってごめんね、

筋トレ占い週報です。



http://d.hatena.ne.jp/weekly/