案の定な過ごし方。
明日元気に出勤する。
今日は期日前投票に行ってきた。
全く意味を感じないけどね。
無意味さと無力さを感じながら、
渋々と行ったのだった。
世の中、いよいよ、
めちゃくちゃになる予感が
しすぎている。
自分をしっかり持って、
世の中がどうなろうが、
じぶんとまわりの生活を
守らないといけない。
精神の危うさをいつもかかえている。
歳とともに得るものが
あってほしいけど、
今は本当に危うい。
強烈な否定感を、
子供のころからずっとかかえてて、
乗り越えられそうだったのに、
またぶり返してる。
世の中の混乱と相まって。
忘れてただけだったのか、
存在を根底から脅かされるような
恐怖心。
確かさの反対、
神に生きる道を否定されてる感覚。
あれー?って。
なにをどうしても、
うまくいかないんじゃないかと。
根源的に間違ってるんじゃないかと。
どう頑張っても味方されないんじゃないかと。
この、とてつもなく恐ろしい感覚はなんだ。
強烈な恐ろしさ。
なんでなんだろうって。
ずーっと思ってて。
でも忘れたりできるときもあって。
克服したと思い込んでたりもしてて。
だけどことあるごとに、
ああ、心に爆弾抱えてることを思い出す。
どうやって以前は乗り越えたんだっけか。
それすらわからなくなってくる。
こうやって書いて、
そんなわけないじゃんってことを
再認識すればいいのかな。
戦おう。
生きてけないなんてことは、
ないはずなんだ。
でも人はおっかない。
人というのはおっかないものなんだ。
漠然とした恐怖を、
漠然と抱えていて、
まともに向き合ってなかったか。
なにせ怖すぎるから、
少しでも離れたくて。
思考停止してた。
そうしちゃだめなのはわかりきってるのに、
それすら忘れてしまう。
どう捉えたらいい?
このいいようもない、
否定感、
生きる気力を根こそぎ奪う。
たとえ神に嫌われていて、
否定されて、
道をすべて塞がれても、
死なない限り食らいつけばいいじゃないか。
喰らいつけば。
どんな地獄だろうが、
全てに否定されたとしても、
おれがただ生きると意思すれば、
あとはなにもいらない。
俺自身が自分を信じられなくなったら?
それでも、自分にさえ押しつぶされる自我が、
朦朧としようが混乱しようが、
かろうじて死なずに残っていたなら、
それで全てと戦うよ。
全人類生物植物無機物空海大地宇宙、
ぜんぶが敵になったとしても、
おれは戦える。
そのためにずっと思い悩んで、
苦しんできた。
おれを止めるには
おれを殺しきるしかないぞ。
何が怖い?
そのシンプルな問いかけ、
そういえば結構有効に
震えを止めてくれるんだったな。
実際どうなろうが、
なにを怖がる必要があろうか。
否定されたって、
なんでもないじゃないか。
どうにも目を回して、
たくさん見失ってたな。
自分を取り戻さんと。
全員敵に回ってもいいよ。
やってやるよ馬鹿野郎。
一体何を怖がってたんだ。
戦ってやる。
絶対に負けない。
心を握りつぶされてた。
危ない危ない。
しょせん病人だなあ。
それでもさ、
やっぱり生きられるよ。
生きることを妨害する、
神かなにかの悪意は
確かに強烈だ。
それでもやっぱり生きられる。
おれが道を示す。
人は自由を失っちゃいけない。
それはほんとうに、
根源的に、
根源的な意味で、
重要なことなんだ。
倒れて、傷ついて、
喪失感に潰されて、
失った誇りを取り戻して、
また立ち上がる。
全てに否定されていいんだ。
よかったんだ。
そんなことでおれは殺せない。
さて、
必死に書いてそうやって戦う。
りきんで書いて、
そろそろ今日はここらへんで。