結局、恨んでるのかもしれない。
表面的には、前向きにやっていこう、
なんて思ってるつもりなのに、
この世のすべてが憎い、
と思ってるかもしれない。
本音はどうしようもない。
出来ることを、少しでいいから、
コツコツとやっていくしかない。
ほんと、それ以外になにがあるだろう。
料理とか、動画見て、またやろうと
思ってる。
料理は、大きな救いのひとつだ。
覚えることはたくさんある。
それだけ楽しみが隠れてる。
恨んでいるけど、
悔しいけど、
情けなくてしょうがないけど、
やっぱり、押し殺して、
できることを淡々とできる人間になりたい。
そうやって日々やっていれば、
静かな感動は必ずあると思う。
積み重ねるということをおぼえなきゃ、
いい加減手詰まりになる。
今日は3日休んだのちの出勤で、
疲れたけど、なんとかやった。
明後日がまた怖いけど、
怖がらないしいやがらない。
力強く出勤して退勤する。
戦いだ。やってやるよこの野郎!!
明日どうしようかなと。
履歴書かくか。
その前に、応募ボタン押すか。
どうせまたダメだろうけど、
一回やって慣れたから、
もう一回やってさらに慣れて、
どんどんこなしていこう。
やった、電車座れた。
立ってるのがきつい。
でも痩せるし体力づくりにもなるし、
相当疲れてないなら、
やっぱ立ってみようかな。
気晴らしにどこか行きたいけど
明日は雨になるそう。
関係ないか。別にいいや。
スーツがきつくなってきた。
フル装備。
ポケット4箇所、上下あわせれば6箇所に
いろんな道具入れてて。
まぁなんとか工夫すればいいんだけど。
昨日とか、ご飯ろくに食べられなくて、
自分の計画性のなさが原因だけど、
昼に食べたうどんがとても美味しくて、
生き返った。
どこか行って、気晴らししたいなぁ。
どこにいけばいいだろう。
気がずっと晴れない。
今はそういう時期で、
これを、もぐって耐えなきゃいけないのかな。
せめてもう一回だけ息継ぎしたいな、
と思う。
そしたらまた潜水する。
吉本隆明さんの親鸞についての講演の
音声ファイルを昨夜聞いた。
すごい。
ある程度わかってたつもりになってたが、
思ってるより遥かに深い。
わからないということがわかって、
うわぁと思いながら話を聞いた。
これは、何度も聞き返さないと。
ただ、吉本さんもすごいし、
親鸞さんもすごくて、
その凄みにだけは触れられて、
少しだけ救われたというか、
すげぇ!という感動が、
苦痛をいくらか和らげた。
親鸞さんの時代は、飢饉が何度も発生して、
地獄のような時代だったらしい。
そんななかで、
人々はとにかく救いを求めた。
そして、現世での救いが叶わないなら、
せめて死んだあと、浄土に行きたいと。
どうしたら救われるのか。
若い修行僧たちが、
各地から教えを乞いにくる。
でも親鸞がいうことはシンプルだ。
生きている間に、
念仏を1回でも10回でも唱えることができたらそれで往生できる。
でもそれじゃ納得できない。
じぶんから計らうなと。
昔から、ずーっと、ずーっと、
人々は晴れない気持ちを抱えて、
いろんなものにすがって、
ほんとうじゃないことばかりで、
その不快感というかさ、
濁った感じ、
それってほんと苦しいし、
晴れない気持ちのもどかしさ。
でもなんとか生きて、
生ききったり、中断しちゃったり、
たくさんの人たちがそうやって、
生涯を終えたんだろうなって。
だからそう簡単なわけがない。
一体親鸞は、吉本さんは、
なにを言おうとしてくれていたか。
吉本さんももう亡くなってしまわれて、
あとは著作から読み解くしかない。
正直誰も信用できない。
とくにインテリたちはだめだ。
面白いようにみんなだめになってる。
なんで、吉本さんは理解されなくて、
おかしなほうばかり行ってしまうのか。
そんなんだったらおれが、
継げるものなら継ぎたいよ。
でも汚れてるからだめかな、と思う。
でもひそかに、小規模でいいから、
自分なりに、
吉本さんの後を継ぐような著作を、
何かしらつくれたらって、
どこかで思っておく。
表面的には、前向きにやっていこう、
なんて思ってるつもりなのに、
この世のすべてが憎い、
と思ってるかもしれない。
本音はどうしようもない。
出来ることを、少しでいいから、
コツコツとやっていくしかない。
ほんと、それ以外になにがあるだろう。
料理とか、動画見て、またやろうと
思ってる。
料理は、大きな救いのひとつだ。
覚えることはたくさんある。
それだけ楽しみが隠れてる。
恨んでいるけど、
悔しいけど、
情けなくてしょうがないけど、
やっぱり、押し殺して、
できることを淡々とできる人間になりたい。
そうやって日々やっていれば、
静かな感動は必ずあると思う。
積み重ねるということをおぼえなきゃ、
いい加減手詰まりになる。
今日は3日休んだのちの出勤で、
疲れたけど、なんとかやった。
明後日がまた怖いけど、
怖がらないしいやがらない。
力強く出勤して退勤する。
戦いだ。やってやるよこの野郎!!
明日どうしようかなと。
履歴書かくか。
その前に、応募ボタン押すか。
どうせまたダメだろうけど、
一回やって慣れたから、
もう一回やってさらに慣れて、
どんどんこなしていこう。
やった、電車座れた。
立ってるのがきつい。
でも痩せるし体力づくりにもなるし、
相当疲れてないなら、
やっぱ立ってみようかな。
気晴らしにどこか行きたいけど
明日は雨になるそう。
関係ないか。別にいいや。
スーツがきつくなってきた。
フル装備。
ポケット4箇所、上下あわせれば6箇所に
いろんな道具入れてて。
まぁなんとか工夫すればいいんだけど。
昨日とか、ご飯ろくに食べられなくて、
自分の計画性のなさが原因だけど、
昼に食べたうどんがとても美味しくて、
生き返った。
どこか行って、気晴らししたいなぁ。
どこにいけばいいだろう。
気がずっと晴れない。
今はそういう時期で、
これを、もぐって耐えなきゃいけないのかな。
せめてもう一回だけ息継ぎしたいな、
と思う。
そしたらまた潜水する。
吉本隆明さんの親鸞についての講演の
音声ファイルを昨夜聞いた。
すごい。
ある程度わかってたつもりになってたが、
思ってるより遥かに深い。
わからないということがわかって、
うわぁと思いながら話を聞いた。
これは、何度も聞き返さないと。
ただ、吉本さんもすごいし、
親鸞さんもすごくて、
その凄みにだけは触れられて、
少しだけ救われたというか、
すげぇ!という感動が、
苦痛をいくらか和らげた。
親鸞さんの時代は、飢饉が何度も発生して、
地獄のような時代だったらしい。
そんななかで、
人々はとにかく救いを求めた。
そして、現世での救いが叶わないなら、
せめて死んだあと、浄土に行きたいと。
どうしたら救われるのか。
若い修行僧たちが、
各地から教えを乞いにくる。
でも親鸞がいうことはシンプルだ。
生きている間に、
念仏を1回でも10回でも唱えることができたらそれで往生できる。
でもそれじゃ納得できない。
じぶんから計らうなと。
昔から、ずーっと、ずーっと、
人々は晴れない気持ちを抱えて、
いろんなものにすがって、
ほんとうじゃないことばかりで、
その不快感というかさ、
濁った感じ、
それってほんと苦しいし、
晴れない気持ちのもどかしさ。
でもなんとか生きて、
生ききったり、中断しちゃったり、
たくさんの人たちがそうやって、
生涯を終えたんだろうなって。
だからそう簡単なわけがない。
一体親鸞は、吉本さんは、
なにを言おうとしてくれていたか。
吉本さんももう亡くなってしまわれて、
あとは著作から読み解くしかない。
正直誰も信用できない。
とくにインテリたちはだめだ。
面白いようにみんなだめになってる。
なんで、吉本さんは理解されなくて、
おかしなほうばかり行ってしまうのか。
そんなんだったらおれが、
継げるものなら継ぎたいよ。
でも汚れてるからだめかな、と思う。
でもひそかに、小規模でいいから、
自分なりに、
吉本さんの後を継ぐような著作を、
何かしらつくれたらって、
どこかで思っておく。